「ああ、蕾……君はなんて美しいのだろう」
「はあっ!?」
「君のその揺るぎない真っ直ぐな眼差しも、薔薇色の唇も、滑らかな肌も、芳しい香りも、澄んだ声音も、君を形作るあらゆる要素が、こんなにも私を魅了してやまない」
ウットリとした瞳で、いきなり薄ら寒い台詞を語り出した東雲に、いくら天界最強の武将といえども即座に反応できない。
言葉の意味を深く考えなかったのは蕾の無意識な防衛本能のなせる技か、はたまた単なる現実逃避か。
「…お、おい、何言っとるんだ、おまえ。 大丈夫か?」
頭でも打ったか、変なモノでも食べたのか。もしかして熱でもあるのかと東雲の額に手を伸ばしたら、逆にその手を捉えられ、両手で握り込まれてしまった。
「君とこうして見つめ合える幸福だけで、私の心は光明界よりも高き蒼空へと昇っていくのだ。 ああ、なのに、それがさらなる高みへの渇望を生み出してしまうというこの矛盾。 君の穢れなき魂のさらなる深淵に触れたいと願ってしまう私を、どうか赦しておくれ」
「し…ののめ…?」
蕾は手を握られたまま唖然としてしまう。一つ一つの単語は分かるが、文脈がまったくつかめない。異国の言葉でも聞いているかのようだ。
「ああ、君の存在はなんと罪深いのだろう。 君という禁忌の花に魅入られてしまった私には、もはやそれを手折る大罪を犯すことでしか、この狂おしい衝動から逃れる術はないのだろうか。 だが、たとえそれが天地の理に背くことであろうと天神界から罰を受けることになろうと、そんなことで私の情熱を止めることはできない! さあ、蕾、共に禁断の扉を開こうではないか!」
もはや東雲の言葉は、蕾の理解の範疇を完全に超えてしまった。
というか、はっきり言って相当怖い。
これまでどんな手強い敵と闘おうと、自分の命が危険に晒されようと、恐怖など感じたことがなかった蕾だが、興奮して常軌を逸したような幼馴染みの尋常でない様子に、別の意味で恐ろしくなってくる。
とりあえず東雲をこれ以上興奮させないようにと、蕾はおそるおそる声をかけてみた。
「ま、まあ、なんだかよくわからんが、とりあえず落ち着け。 話があるならゆっくり聞いてやるから。 そうだ、水でも飲むか?」
しかし、そんな蕾の言葉に、熱病患者のような瞳をした東雲はさらに熱い吐息を近付けてくる。
「ああ、蕾……その時折みせる君の不器用な優しさが、余計に私を煽るのだとわかっているのかい? もう我慢できない、君のせいだ」
「へ? ちょ、ちょっと待て、東雲っ。 おまえ、なにを…」する気だ、と言おうとしたのだが、蕾はそれ以上言葉を続けることができなかった。
「ッ!?……〜〜〜〜!!!」
いきなり東雲の唇で己の唇を塞がれて、蕾は混乱に目を白黒させている。
東雲のどこにこんな力があったのか、ジタバタと暴れる蕾の頭を両手でがっしりと掴んでいて、蕾が必死で引き剥がそうとしても剥がれない。しまいにはなにがどうなったのか、いつのまにか蕾は東雲に押し倒されてしまっていた。
さすがに、このままではヤバイという得体の知れない身の危険を本能的に感じとった蕾は、東雲が少し唇を離して「さあ、未知の楽園へと私をいざなっておくれ」とかなんとか言った瞬間を逃さず、渾身の力で東雲を突き飛ばした。
「いっ、いーかげんにせんかぁっ! さっきから何のマネだ、キサマはッ!!」
真っ赤な顔で唇をぬぐいながら鼻息荒く怒鳴る蕾。
だが、蕾への答えは、壁に激突して再び気を失った東雲の「うぅ…」という呻き声だけだった。