「つ…蕾……そ、そんなに私に近づかないで……」
 そう言ったまま、東雲は黙ってうつむいてしまった。
 怪訝に思って蕾がのぞき込むと、東雲は耳まで真っ赤になっている。
「は? おまえ顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」
「ぅわっ……」
 熱を計ろうと蕾が東雲の額に手を伸ばしたら、東雲はビクッと大げさなほどに驚いて、それから耐えるようにギュッと目をつぶってしまった。
 ……なんだこの反応は。
「おい、どうした」
「……」
 しかし、東雲は赤い顔で目を伏せたままだ。
「なんだおまえ。 なにか言いたいことがあるのならハッキリ言え」
 蕾は次第にイライラとしてきて、口調がキツくなる。とはいえ、多少、語勢が強くなっただけで蕾の普段の口調と大差はなかったのだが、今の東雲には効果てきめんだったようだ。東雲は、これ以上ないほどの悲愴な顔をしておずおずと顔を上げた。
「……そ、そんなに怒らなくても…」
「別に怒っとらんわ。 なんなんださっきから、鬱陶しい」
 それを聞いた東雲は、今度はなぜか泣きそうな顔になる。
「う、鬱陶しい…? 蕾、君は私が嫌いなの……?」
「はあ? そんな話はしとらんだろうがっ」
「じゃあ………じゃあ、好き?」
 捨てられた子犬のようにプルプルと震えながらも、つぶらな瞳で気色悪いことを聞いてきた東雲の様子に、蕾はゾワッと総毛立った。
「黙れっ! あー、もうイライラするッ! とにかく、どうでもいいからそのウジウジとした顔と妙な話し方を今すぐヤメロっ」
「うっ……ひどい。 そんな言い方ないじゃないか……私はいつだって君のことを想って……なのに、君はいつも勝手なことばかり……私の気持ちなんかこれっぽっちも気付いてくれないんだ」
「ああ!? さっきからゴチャゴチャと何を言っとるんだ。 ちゃんとオレの目を見て話せっ!」
「そ、そんな、君の目を見て話すなんて……は…恥ずかしくて…」
 最後は消え入りそうな小さな声になってしまい、蕾の耳には届かなかった。
 いいかげん腹に据えかねた蕾は、両手で東雲の胸ぐらを掴んでグイッと引き寄せる。そして、東雲を間近に睨み上げると、地を這うように押し殺した声音で言った。
「おい…キサマ、人を馬鹿にするのも大概にしておけよ」
 視線を外すに外せなくなってしまった東雲は、大量の冷や汗をかきながら、蛇に睨まれた蛙のごとく涙目になっている。オドオドと、それでも精一杯の反論をした。
「ば、馬鹿になんかしてないじゃないか……それに、そんなこと言ったって、君は私のことなんて、何とも思っていないクセに。 どうせ私が何と言おうと、君にとってはどうだっていいんだろうっ……。 もういいから、ほっといてくれよっ! 君なんか、君なんか……うぅッ」
 恨めしそうな顔で蕾を見ながら、とうとうメソメソと泣き出してしまった東雲に、ついに蕾の堪忍袋の緒がきれた。
「だーっ! やめんかぁっ!!」

 蕾は勢いよく立ち上がりざま、腹立ち紛れに東雲を殴り飛ばした。

「なんだというのだキサマは! もういいッ、だったら勝手にしろっ! しばらくそこで黙っとれ!」
 天界最強の武将に思い切り壁に叩きつけられてしまった東雲は、再び気を失うこととなった。



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