宵待花 中編






 もはや、遠慮も躊躇も必要ない。

 東雲は座ったまま、立っている蕾の腕をグッと掴んで引き寄せた。
 蕾もそれに逆らわず、東雲に跨るように覆い被さってくる。

 どちらからともなく唇を合わせると、燻っていた身体にすぐさま新たな熱が生まれていった。



   



「……ん…アッ、…っ……は」
 いつの間にか布団に押し倒され、衣服も全て取り払われた蕾の柔肌を、東雲の指先と唇が、よどみなく、まるで生き物のように縦横無尽に這っていく。
 『酔わせる』という言葉通り、丹念にそして執拗に、蕩けるような極上の愛撫が蕾の全身にくまなく施される。

 初めての時は、東雲自身まったく余裕がなかっため、かなり性急に進めてしまった自覚がある。いくら東雲に癒しの力があるとはいっても、封印された未成熟な身体には負担も大きかっただろう。
 だから、もしも、もう一度機会があったら、できる限り蕾に気持ち良くなってほしいと思っていた。蕾は恥ずかしがるかもしれないけれど、素直に官能を受け入れて、さらにその先にある想いまでをも感じて欲しい。
 単に東雲の自己満足かもしれないが、ただ身体を繋げ快楽を得るだけの行為ではなく、相手を慈しみ想いを深め心を紡ぐ行為なのだと、伝えたい。
 たとえいつか、蕾が東雲ではない他の誰かと結ばれることになるのだとしても、それを伝えておくことは東皇使である自分の領分だ。そしてそれは、自分にしかできないことなのだと思う。
 東雲以上に深く切実に蕾を恋うることなど、きっと他の誰にも不可能だろうから。


 やがて、東雲の手が蕾の最も敏感な部分に触れた。
 蕾は思わず息を飲んで腰を引くが、蠢く手は止まらない。
 柔らかく包み、形を確かめるようにやんわりと手を動かしているかと思うと、時折、グッと力を込める。巧みに緩急をつけ、それがまた的確にポイントを突いてくるので、たちまちそこに熱い血が集まってくる。
 急激にせり上がってくる快感に、たまらず蕾が制止の声をあげても、東雲は己の唇で優しくそれを封じ、さらなる高みへといざなっていった。
 それを撥ね除ける術などもたない蕾は、流されるままに最初の限界へと昇り詰める。
 耐えるように東雲の頭にしがみつき、つま先で思い切りシーツを蹴った。
「…………―――ッ!」

 力が抜けてシーツに沈む蕾の背を、東雲が柔らかく支えて労るように口づけた。
 蕾は苦しげに目を閉じたまま、必死で息を整えている。
「……蕾……」
 目を開くと、東雲の申し訳なさそうな顔があった。
 東雲が何を考えているのかなど、その顔を見れば一目瞭然だ。互いに同意の上での行為だというのに、蕾の様子に一方的に罪悪感でも感じて、先へ進むかどうか躊躇っているのだろう。相変わらず肝心な所で馬鹿だ。
 蕾は挑発するように口角を上げ、荒い息の下から言葉を紡いだ。
「オイ…まさか、これで終わりではあるまいな………この程度で、このオレを、そう簡単に酔わせられると思うなよ」
 東雲は言葉の理解が追いつかずに一瞬ポカンと呆けてしまったが、やがて蕾の真意を汲み取ると不敵に笑った。
「もちろん、これからが本番だよ……そんなこと言ってられるのも今のうちだからね」
 そして、いまだ羽織っていた自身の浴衣を手早く脱ぎ去ると、濃厚な愛撫を再開した。


 唇で肌を辿りながら、先ほど触れなかった唯一の場所に手を伸ばし、反応を確かめながらじっくりと丹念に解していく。
 蕾は一度達して余計な力が抜けたのか、差し入れられた指の動きに合わせるように腰を揺らしては、切なげな吐息を漏らしている。素直に反応を返してくれる蕾が、狂おしいほど愛おしい。
 さらには、蕾から立ち昇るまさに盛りを迎えた艶花の香りが、強力な媚薬となって東雲の鼻腔を擽ってくる。
 たまらない。
「…蕾……蕾、君が、好き……好きだ、蕾……」
 掠れた声で、熱に浮かされたように何度も呟く。
 いよいよ東雲の我慢も限界寸前だ。
 むろん蕾も余裕などない。
 蕾は切羽詰まったような東雲の顔をグッと引き寄せ噛みつくように接吻けてから、乱れる息で囁いた。
「も…い、から…ッ……」
 その言葉に誘われるように、東雲は、自身をゆっくりと蕾の中へ沈めていった。



 民宿の薄暗い一室に、密やかな音が満ちていく。

 汗ばんだ肌の触れあう、湿り気を帯びた淫靡な響き。
 動くたびに縒れる、シーツの微かな音。
 荒い息づかいの合間、切れ切れに零れるあえかな吐息。
 声にならない声で紡ぐ、互いの名。

 四肢を絡め合い、体勢を変え、ひたむきに、ひたすらに求め合う。

 やがて、何度目かわからない絶頂を迎えた蕾は、冥いうねりに飲み込まれるように意識を手放した。




   




「…ぼみ、……つぼみ……蕾」
 蕾が目を開くと、心配そうな東雲の顔が見えた。気を失っていたようだ。
 目を覚ました時に東雲のこういう顔を見るのは珍しくないことなので、はて今日はなんの事件で自分はどんな不覚をとったのだったかと、ぼんやりした頭で記憶を遡る。

「大丈夫かい?」
 東雲に口移しで水を飲まされ、喉を通る冷たさにようやく意識がはっきりしてきた。
 遠くで海鳴りが響いている。
 そうだ、海妖の様子を見に海辺に来たら東雲が現れて、それから……。
 ………思い出した。
 だが、どこか記憶に霞がかかったようで現実感がない。まだ脳が覚醒してないのだろうか。
 あらためて自分の身体に意識を戻してみる。
 強い花気を放出した後のような恍惚とした充足感と、全身を覆う倦怠感。そして、下肢に残る違和感が、記憶の正しさを物語っている。

 何か言おうと口を開いたが、喉が嗄れていてまともに声が出ない。
「…水」
 とりあえず、東雲にもう一度水を飲ませてもらった。
 蕾の口の端に零れた雫を、東雲が指で拭う。それから蕾の前髪をかきあげて、いたわるように何度も梳いた。
 女子供にするようなその仕草に普段の蕾なら一言文句を付けるところだが、しゃべるのも払い除けるのも億劫なのでされるがままに黙っていた。

 そしてそのまま、髪を梳く東雲の手の心地良さに、いつしか蕾は眠りに落ちた。



   



 蕾が再び目を覚ました時も、目の前に東雲の顔があった。
 かなり深く眠ったような気がしたので、もう夜明けなのかと窓に目をやると外はまだ真っ暗だった。それほど時間がたってないのかもしれない。

「……寝ないのか」
 東雲は薄く微笑んだだけで、何も言わない。蕾を慈しむように細められた瞳の中に、ほんの少しの翳りが見える。
 蕾もしばらく黙って東雲を見返していたのだが、おもむろに手を伸ばすと、東雲の眉間のシワを人差し指でピシッと弾いた。蕾にしてはごく軽くだが、それでもけっこうな威力があるはずだ。
「つっ……なんだね、一体」
 案の定、不意の攻撃に東雲は額を抑えて抗議した。
「それはオレのセリフだ、なんだその辛気くさい顔は。 フン、大方くだらんことをグズグズと考えているのだろうが、おまえの考えてることなど丸わかりだ」

 辛気くさいとはヒドイ。
 仮にもつい先刻まで、いわゆる愛の営みを行っていたというのに。
 蕾は本当に東雲のことをどう思っているんだろう。どういうつもりで東雲と寝たのだろう。
 東雲の懊悩は、まさにそのことだ。
 蕾の穏やかな寝顔を見ていたら、それがどうにも気になってしまい、眠気の訪れる余地などまったくなかった……まあ、情事の余韻に浸っていたというのもあるのだが。

「……私が何を考えているっていうんだい」
「それをオレに言わせたいのか?」
「………いや」
 違う。
 蕾に言って欲しいのは、東雲が何を考えていたかではなく、その答えの方だ。蕾もそれをわかっているからこそ、こんな言い方をするのだろう。
 東雲は一つ大きく深呼吸をして、単刀直入に切り出した。
「蕾、君は私のことを…その……どう、思っているの?」
 しかし、意を決して聞いた東雲に対して、蕾の答えは実に素っ気ないものだった。
「さあな」
「さあなって、君ねぇ……」
 やっぱり簡単には聞きだせないかと東雲は早々に落胆しかけたのだが、蕾の言葉には続きがあった。
「おまえを好きなのかはオレにもよく分からん。 だが、オレは他の誰ともこんなことはしない」
「蕾……」
 目を見開いた東雲に、さらに蕾は言葉を継ぐ。
「それに、夏の夜は皆そんな気分になるものだと、おまえが言ったんだ」
「……」
「そんな気分だったからここに来た。 それでは不満か?」
 蕾は不敵に東雲を見る。
 事後の独特の艶を含んだその視線には、有無を言わせぬ説得力があった。
 そう、可憐な花の外見に惑わされ、ともすれば忘れがちにもなるけれど、蕾の本分は紛れもなく風。
 勝手気ままに吹く風に何故吹くのかと理由を問うなど、愚問以外の何物でもない。
「いや……そうだね、充分だ」
 それらしい理由をあれこれ考えたって、なんの意味もない。
 蕾が他の誰でもなく、東雲の所に来たということ。
 その事実だけが真実だ。
 東雲は降参したように笑うと、蕾を抱き寄せてそっと唇を重ねた。
 蕾も抵抗せずにそれを受け入れる。

「それで、私は結局、君を酔わせることはできたのかな」
 口付けを解いた東雲が、いささか調子に乗って蕾の耳元で囁いてみたら思いっきり睨まれた。
 相当に乱れてしまった自覚があるのだろうか、頬のあたりを染めた蕾は、身体ごと東雲に背を向けてしまう。
 そんな蕾の姿に笑みを浮かべ、東雲は蕾の髪を掬って軽くキスを落とした。

「おやすみ」








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スミマセン、前編からけっこう間が空いてしまった上に、またもや前後編では終わりませんでした…;




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