結局、二人仲良く(?)寝台に入って話し始めた。
東雲としては、平常心でいられるかどうかあまり自信がなかったのだが、実際に蕾と並んで横になっているとなんの屈託もない子供の頃に戻ったようで、思いのほか気持ちが安らぐのを感じていた。案ずるより産むが易しとはこのことだな、と少し可笑しくなる。
そして東雲だけでなく、その隣の蕾も、実は内心ホッとしていた。というのも、勢いで入ってはみたものの、この前の妙な症状がまた現れるかもしれないと、少しばかり緊張していたのだ。だが、こちらも全くといっいいほど心乱されることはなかったので、あれはちょっとした気のせいだったのだろうと、すっかり気が楽になっていた。
東雲は修業中のこと、蕾は東雲がいない間のことなどを思い出しながら、とりとめもなく話している内に、話題は下界のことに及んだ。
「そいえば、透と夕姫ちゃんはどうなったんだい。 無事にまとまった?」
「ああ、随分前に結婚して、もう子供も生まれたぞ」
「へえ、それは何よりだね。 男の子?女の子?」
「男で3才くらいにはなっているハズだ」
「では、ちょうど可愛い盛りだね。 透の親馬鹿っぷりが目に浮かぶな」
ふふっと懐かしそうに笑う東雲に、蕾の顔も緩む。
「親馬鹿というか、あれは単なる馬鹿親だな。 まあ、あいつの過保護ぶりは一見の価値があるから、おまえが落ち着いたら顔を見せに行ってやれ。 あいつも喜ぶだろう」
「って、君は一緒に行かないの?」
「オレはしょっちゅう行ってるから、別に」
まったくホントにつれないんだから、と思いながら東雲はとっておきの秘策を出す。
「では、私の護衛として」
「はあ?」
なにを突拍子もないことを言い出すのだと、蕾はじろりと東雲を睨む。
「言い忘れてたけど、これからはもう、私は東皇使だけではなく次期緑修天司という大切な身の上なんだから、護衛もなしに俗界に降りるわけにはいかないのだよ」
「……なにを今さら」
「そういうわけで、今度から私が下界に行く時は、毎回、君に護衛を頼むことにするからよろしく頼むね」
「ふざけるな、オレだっていろいろと忙しいんだ。 いちいちキサマにつきあってられるか」
馬鹿らしい、と呆れ顔の蕾だったが、東雲のさらなる言葉に目を剥いた。
「だったら後日、錦花仙帝さまか老伯将あたりを通して、正式に御大花将に依頼するからいいんだけど。 どのみち君は断れないんだから、二度手間になるかなあと思って先に言っておいただけだから」
「…っ! 卑怯だぞッ、なんだそのやり方は!」
「いいじゃないか、相変わらず頻繁に透の所に通ってるってことはたいして忙しくないんだろう。 毎回といったって君と違ってそんなにしょっちゅう行けるわけではないし、そのうち君ともあまり会えなくなるんだから、これくらいのお願いを聞いてくれたってバチは当たらないと思うよ」
「……きっさま〜」
なにがお願いだ。昔から、東雲のこういう所がむかつくのだ。
別に蕾だって本気でイヤなワケではないのだが、先手を打って逃げ道を断たれてしまうと、ついつい逆らいたくなってしまうのは、条件反射のようなものだろう。
すっかりふてくされてしまった蕾に、東雲はやれやれと話題を変えることにする。
「君自身は? 何か変わったことはなかったのかい」
「別に、特に変わりばえはせん」
「では、相変わらず傍若無人に暴れ回って、狼藉の限りを尽くしていたと」
ドカッ!
「ッ…」
布団の中で、蕾の足が東雲の腹を直撃した。拳骨を予想していた東雲は、不意の攻撃に一瞬息が止まりそうになる。ゲホゲホと何度かむせて、なんとか呼吸を整えた。
「……ったくもう、ホントに相変わらずなんだから。 そういえば、君、萌葱とはどうなっているのだね」
「あん? 万儀法師どの? なんだ急に。 どう、とはどういうことだ」
「え……だから、その、なんというか…何もないの?」
東雲の記憶に間違いがなければ、萌葱は蕾に告白(蕾本人はそう思っていないだろうが)していたハズだ。后候補に加えて欲しいとまでは言えなかったようだが、もっと近づきたいというようなことを言ってOKを貰った時の、詳細な心理データの分析レポートを読まされた覚えがある。
「特に何もない。 たまに訪ねてくるか、あとは透の所で会うくらいだ。 一人の時もあるが、たいていは曄が一緒で、そんな時はおまえの話ばかりでウンザリだがな。 そういえば、万儀法師どのは橙士が好きなのか?」
「はぁ?」
思いもよらない蕾の言葉に、つい素っ頓狂な声をあげてしまった。
「おまえが修業に行く前からよく橙士と連れだっていたではないか。 単に護衛しているだけなのかと思っていたが、橙士もしょっちゅう彼女の所に入り浸っては、なにか熱心に話し込んでいるようだし」
萌葱も相手がこれでは報われないなと、東雲は自分を棚に上げて同情してしまう。どう考えても、その二人は蕾のファン同志だ。相変わらず、何かおかしな薬でも作っているのだろうか。蕾の口ぶりからすると、特に実害はなかったようだが、あとで萌葱にきちんと確認しておいた方がいいだろう。
「…まあ、仲が良いのは確かだろうけど、お互い恋愛感情はないと思うよ。 私のいない間に何かあったのなら別だけど」
「なんだそうなのか」
なぜだか少し残念そうな蕾を見ながら、東雲はこの話の流れなら丁度良いかもしれないと、ずっと気になっていたことを切り出してみた。
「そういう君こそ、また、后選びとか、子作りとか、その手の話はなかったのかね」
さりげなく聞いたつもりだったが、さすがに蕾もなにかを感づいたようだ。
東雲の顔をのぞき込んで、フフンと鼻で笑っている。
「気になるのか?」
勝ち誇ったような蕾の顔に、一瞬、嫌味で誤魔化そうかとも思ったが、気になるのは事実なので、開き直ることにした。
「……当たり前じゃないかね」
「ほう。 ちょっと前までは、人に恋をしろだの嫁を貰えだのと、さんざん偉そうに言ってたくせに」
なんで蕾はこんなに嬉しそうなんだと思いながら、東雲は模範回答を答える。
「別に偉そうに言った覚えはないし、今だってそう思ってはいるよ。 少しばかり私情が入ってしまうのは仕方ないかもしれないけど、天地万物の繁栄を司る者としては、君が幸せになるなら喜んで応援するよ」
それは自分はこれからもそうあるべきだという一種の決意でもあるのだが、それを聞いた蕾は反応に困ったような微妙な顔つきになった。そういえばこの前もこんな顔を見た気がしたけど何の話だったかな、と東雲が記憶を探っていると、首をかしげていた蕾が口を開いた。
「……オレは、おまえのそういう所がどうも前から腑に落ちん。 おまえはオレが好きだと言うクセに、オレがさっさと嫁を貰って子を成しても構わんのか。 東皇使としてではなくて、おまえ自身もそれでいいのか?」
痛い所を突っ込まれてしまった。
他意のない素朴な疑問。蕾の様子からすると別に怒っているわけではなく、純粋に不思議に思っているようだ(逆に、少し怒ってくれたりしたら一縷の望みもあったかもしれないが…)。
やはり建前ではダメか。
「……うーん、まあその、なんというかねぇ……私自身としては、そりゃもちろん君が私を好きになってくれたら一番嬉しいし、言うことないんだけど」
「けど何だ?」
「けど、そうでなくても君が誰かに恋をして幸せになるのなら、それもまあ有りかなぁと。 恋が叶わないのなら、せめて好きな相手には幸せになって欲しいと願うものなのだよ」
「そうか〜?」
蕾は思いきり疑わしそうな顔で東雲を見ている。
その視線に、実際まだそこまで悟りきっていない自分を見透かされているような気がして、東雲はバツが悪くなって苦笑する。
「……まあ、こういうことは人それぞれかもしれないけどね。 君だって恋をすればいずれ分かるよ……そうだ、君もあまり深く考えないで、一度くらい試しに誰かと付きあってみたらどうかね。 案外すんなり上手くいくかもしれないじゃないか」
なんとか話の矛先を変えようと蕾に話を振ってみたが、無論これは東雲の本心ではない。
女性には意外と真面目でオクテな蕾のこと、そんなことができるハズがないという確信があるからこそ、からかうように軽く言っただけだった。
しかし、真っ赤になって怒るだろうと思っていた蕾は、その言葉を聞いて何かを考え込んでいる。
そして、東雲の顔をじっと見つめてから、納得したように呟いたのだ。
「……そうか……なるほどな。 少し試してみればいいのか」
「ええぇっ!?」
てっきり鉄拳の一つも見舞われるかと思っていたのに、思いもよらない蕾の言葉。東雲は、思わずガバッと半身を起こして蕾の顔をマジマジと見てしまった。
その言葉が意味するところは一つしかない。
后候補や恋人とまではいかなくても、交際くらいはしてもいいと思う相手がいるということだ。
「蕾、君……もしかして、どなたか心当たりがあるのかい?」
「なくはない」
「……そ、それは、どういう……私も知っている相手……?」
ショックを隠せない東雲の様子を面白そうに見ながら、蕾は平然と言う。
「そうだな、昔からよく知ってるヤツだ」
ということはやはり萌葱だろうか。しかし、先程の話だと特に進展はなさそうだが。
それともまさかの曄?……いや、さすがにそれはないか。ひょっとすると以前、候補に挙がっていた酔姫将軍という線もありうる。他にも東雲が昔から知っている仙女などごまんといるので、脳内のデータベースを超高速で検索するのだが、特にめぼしい相手も見あたらない。
自分で言い出したことではあるし、いつかはそういうこともあるかもしれないという覚悟はあったが、それはまだまだ当分先、少なくとも東雲が緑修天司になった後だろうと思っていた。それが、まさかこんなに早くその時がこようとは。
蕾にその気があるというだけでも想像以上にキツイのに、本人の口からそれを聞かされる羽目になるとは思ってもみなかった。いっそこのまま耳を塞いで、この場から逃げ出してしまいたい。
しかし蕾は、そんな東雲にお構いなしに続けている。
「昔馴染みだから互いに気心が知れているし、一緒にいて気がラクだ。 変な気を遣わんでいいから、言いたいことが言えるしな。 しばらく会わんでも全く構わないから恋とは違うと思うのだが、会えば会ったでそれなりには楽しい」
「…………」
聞こえいているのかいないのか、東雲はなにも言わない。というよりも、言うべき言葉が見つからないようだ。
そして蕾は絶句している東雲をチラッと見てから、どうでもいいような口ぶりで付け加えた。
「気に喰わない所も結構あるが、いい加減慣れているからどうってことはないしな……まあ、難点をあげれば、世話焼きで口うるさい上に、スカしててイヤミな所か」
「!?」
その瞬間、止まっていた東雲の時間が動き出した。
今、蕾はなんと言った?
「世話焼きで口うるさい」は、まあ分かる。だいたい蕾と一緒にいたら、誰だって、多かれ少なかれそんな感じになってしまうというものだ。
だが、それに続く言葉は。
蕾とは長いつきあいだが、自分の記憶する限り、蕾がその手の形容をするのは天界広しといえども一人しか思い当たらない。
まさか。
始めは聞くのも苦痛で耳を素通りしていった言葉達が、ガラリとその意味を変えた。頭の中で蕾の発言を巻き戻し、もう一度最初から、今度は一つ一つの言葉をじっくりと吟味していく。
これは、もしかして、ひょっとすると、ひょっとするのだろうか。
「けっこう長い間そいつがいなかった時は、ちょっと物足りないというか、イマイチつまらんと思ったな」
さらに続いた蕾の言葉で、確信はじわじわと広がっていく。
本当に、そうなのか。
そういうことでいいのか?
すぐにでも蕾に詰め寄って確認したい気持ちをグッと堪えて、東雲は慎重に言葉を選ぶ。
「……その相手とは再会したのかい?」
「ああ、ついこの前な」
「その時、君はどう思ったの?」
「いきなりだったから驚いたが、それ以外は別に」
「……ああそう……」
「だが、まあ、嬉しくないこともなかった」
「!!!」
「しかも、そいつはオレに恋をしているなどと言うんだが。 …おまえ、どう思う?」
悪戯っぽく笑んだ蕾は、東雲の目を覗き込みながら挑戦的に尋ねてくる。
しかし、当の東雲はあまりの展開に動揺しすぎて、蕾の顔をまともに見返すことができない。視線を泳がせながら、しどろもどろに答える。
「……え…っと……そうだね、もし、君もその人に、その、だから……仮に、それなりに好意をもっているのだとしたらだよ……まあ、あの…そう悪くはない話だと思うけど」
言い終えた東雲が、おそるおそる蕾に視線を戻した、その瞬間。
ぶぶっ!
とうとう蕾が吹き出した。
「ええっ、ちょっと、蕾? ここは笑うところじゃないだろう」
東雲は慌てて抗議する。
まさか、ここまで期待させておいて単なる冗談だったとでもいうのか!?
しかし蕾の笑いのツボはどうやら別の所だったらしい。ゲラゲラと腹を抱えて笑いながら、ありがたくもない解説をしてくれた。
「だっておまえ…普段、何でも知ってるみたいな顔してすましている奴が、あからさまにコロコロと顔色を変えていくんだぞ。 オレは百面相という言葉がこれほどハマるのを見たのは初めてだ。 これが笑わずにいられるか」
「……ひどいなぁ」
それに、東雲には内緒だが、もう一つ。
蕾が好きだといいながらも、なぜか一線引いたような、達観しているような態度をとり続ける東雲がどうにも不可解だった。だが、蕾の一言一句に落ち込んだり焦ったり舞い上がったりと、なりふり構わない素の顔を見せてくれたことで、東雲のホントの本音が垣間見えたような気がして、なんだか無性に嬉しかったのだ。
可笑しいのと嬉しいので、どうにも笑いが堪えきれない。
一方の東雲は、自分がみっともなく取り乱してしまったことを改めて思い知らされ、恥ずかしさやらいたたまれなさでがっくりと布団に突っ伏してしまった。
そんな東雲の頭を、ようやく笑いを収めた蕾がポンポンと叩いてやる。
「まあ、そう拗ねるな。 試してみてもいいと思ったのはウソではない」
その言葉に東雲は少し顔を上げ、目だけで蕾を見た。
「……本当に?」
自分でもいささか情けない気がするが、確認せずにはいられない。
「ああ」
蕾の瞳が優しい。
単にさっきまでの爆笑の余韻なのかもしれないが、それでも東雲には充分だった。
「よかった……」
心底ホッとしたような東雲を見ながら、蕾は、この間とはまた違う、不思議な気持ちを感じていた。
ワクワクするような、フワフワするような、くすぐったいような、心がなにか温かいもので満たされていく感じ。
激しくはない、ゆったりと包み込むように広がっていくこの感覚は、何かに似ている……
とても身近でよく知っている気がするのだが、はて、何だったか……
終わりませんでした……ホントごめんなさいm(_ _;)m
次回こそ大丈夫です、ちゃんと終わります
あまりお待たせしないように頑張りますので、どうかもう一話だけお付き合いください〜