「東雲おまえ… さっきオレが眠る前にしたのは何だ?」
やっぱりそれだよね、と嬉しくない予想があたった東雲は、どう言ったら蕾をこれ以上怒らせずに済むか、必死で頭を回転させていた。
あの時は、とにかく安堵して感極まったというか、どうにも気持ちを押さえきれなくなってつい口付けてしまったのだ。しかしそれを言ってみたところで、そもそも東雲の気持ちに全くこれっぽっちも気付いてない蕾が納得するとは思えない。
「い、いや、ほら君が、まだ、ダルそうだったから薬湯を飲ませるのに…」
「その後だ、このボケ!!」
ボケとはヒドイじゃないかね…と思うのだが、馬乗りになった蕾が胸ぐらを掴んでガクガク揺すっているので、口答えなどできそうにない。白状するしかなさそうだと思って、東雲は観念した。
「あれは、あー…その、……まあ、なんというか、いわゆる……キス?」
「なんでオレに聞くっ!」
「うわぁっ、はい! スミマセン、キスしました」
「ほう〜〜なるほどな。……で、なんで、お・ま・え・が・オ・レ・に、そんなことをしたのかキッチリ理由を聞かせてもらおうか」
「り、理由かい?……なんでといわれても……その、なんとなく、あの場の流れというか、出来心でつい」
「なんとなく、だと〜〜?なんとなくで、お前は病人にいきなり、キッ、キスするのかっ!つい出来心で、誰にでもあーゆーことをするというのかっ!」
蕾はさっきとは比べ物にならないくらい真っ赤になっている。明らかに酔いのせいではない。
一方の東雲はというと、どうやら蕾はキスしたこと自体を怒っているわけではなく、その意味が理解できないために困惑して苛立っている、あるいは単に照れているだけなのだと見切った。さすが、腐っても東皇使。
(おやおや、キスという単語を言うだけで、こんなに反応するとは……。今どき、下界の幼稚園児だってもっとマセてるだろうに)
そうとわかれば、さっきまでの狼狽ぶりはどこへやら、恋愛全般を司る東皇使の本領発揮である。
胸ぐらを掴んでいる蕾の両手をそっと自分の手で包み込むと、身体を起こして蕾と向かい合った。思わず緩んでしまいそうになる頬を必死で押さえつけ、真面目な顔で蕾に語りかける。
「そんな、誰にでもするわけないじゃないか。本来、口付けというのは、好きな相手に触れたいと思う気持ちの自然な現れなのだよ。たとえ、そういう雰囲気になったとしても、好きでもない相手に口付けしようなんて思わないだろう?」
「そっ、そんなことは、お前に言われんでも分かっとるわっ! だっ、だから、オレが聞きたいのは、なんで、お前がオレに…その……」
「キスしたのかってこと?」
無言の肯定なのだろう、蕾が上目遣いで睨み付けてくる。が、頬が真っ赤に染まっているため、東雲には誘っているようにしか見えない。
「君ねえ、まったく……ここまで言ってもまだわからないなんて、鈍感にも程があるよ」
はあっ、とわざとらしく溜め息をついた東雲に、せっかく少しだけ大人しくなっていた蕾がキレた。
「なんだと貴様っ! オレをからかっているのか!!」
「からかうって…そんな訳ないだろう、蕾。 君、本っ当にわからないの?」
「なっ…なにが」
キレた蕾の様子をものともせず両手を握ったまま顔を近付けて真剣に聞いてくる東雲に、一瞬ひるんだのが運のツキだった。
「だからね…」
東雲はその先は言葉に出さず、行動に移した。蕾の唇に、そっと己のそれを重ねたのである。
一旦はすぐに離れたものの、あまりに予想外な展開に蕾が固まっていると見るや、今度は右手を蕾の頬に添えて本格的なキスを仕掛けてきた。といっても、貪り尽くすような激しいものではなく、相手をいとおしみじっくりと味わおうとするかのような深い口付け――――。
さらに東雲は蕾が抵抗しないのをいいことに、何度も角度を変えては、官能を呼び覚ますように舌を絡めて口内をまさぐっていく。いつのまにか左手はしっかりと蕾の後頭部を固定しており、支えを失った蕾の手は縋りつくように東雲の衣を握っていた。そして、そんな蕾から次第に立ち昇ってくる、匂い立つような艶やかな花気が東雲をさらに煽るという、相乗効果――蕾にとっては悪循環――を生み出していたのである。
酸欠で意識を失うかと思うくらいの長い時間の後、ようやく口付けを解かれた。
「――――こういうこと。今度こそわかってもらえた?蕾」
なぜか東雲の腕の中にいて、今まで感じた事のない、えも言われぬ感覚に捉われてまだ呆然としていた蕾は、東雲の満足気なその言葉にゆっくりと顔を上げた。
しかし、さっきまで何の話をしていたのかなどすっかり忘れてしまっているため、話の脈絡がつかめない。東雲の瞳が幸せそうに細められているのを不思議に思いながら、その前の会話を思い出そうと試みる。
(わかってもらえた?……何をだ? オレが聞きたかったことは……あの意味………)
さすがの蕾でも先ほどのキスが、からかいや、なんとなく、などではないことは分かった。しかし、では何だといわれると、よくわからない。いや、本当はわかっているのだが、認めたくないだけかもしれない。
(どう考えても、あれではまるで………まるで……深く想いあっている者同士の交わすような………いや、しかしオレと東雲は別に恋人でもなんでも……って恋人!? いや違う、断じて違う……ということは……つまり、こいつは、オレに恋し………………………っ!?!#%@!?)
ようやく至極当然の答えにたどりついた途端、頭が沸騰したかと思うくらいに熱くなった。
それを見た東雲ときたら呑気に「あ、やっとわかったみたいだね」などとのたまう。
「な…っ、おまっ…そっ …な、ちが…」
動揺して言葉が出てこない蕾をいとおしそうに見ながら、東雲は春の微笑みで告げた。
「好きだよ、蕾」
「………!!///」
刹那、蕾の花気が急激に高まった。その香りが、先ほどの口付けの際に立ちのぼっていた花気と相まって、極上の華やぎとなって満ちていく。殺風景な庵に広がる馥郁たる花の香りに、東雲もしばし陶然とする。
しかし勿論、うっとりとしているだけではない。これは自分の想いを受け入れてくれたと思っていいんだろうか、この際だから蕾の気持ちも確かめてしまおうか、いや今日はここまでにしておいたほうがいいか、などと次なる一手を頭の中で模索する東雲。
とりあえず、このまま甘い雰囲気に持っていってしまおうと再び抱き寄せようとしたが、しかし、相手のペースにはまるのをよしとせず、できる限りの反撃をするのが、御大花将・蕾の蕾たる所以である。ベシッと東雲の手を叩き落とすと、人差し指を突き付けてきた。
「東雲、ずるいぞ、おまえ! さっきのあれは反則だろうっ」
「は? は、反則って… 何がだい?」
「東皇使に本気であんなことされたら、花が抗えるわけないではないかっ!」
「!!!」
東雲としては、無意識にフェロモンが出てしまうのが仕方ないとしても、意識的に東皇使の能力を使ったつもりはない。ということは、抗えないと思うほどに感じてくれたということか。
驚いて固まった東雲の顔がふわっと緩んだと思ったら、次の瞬間、もの凄い勢いで抱き締められてしまった。精一杯反抗したつもりが、相手をさらに喜ばせただけということに全く気付かない蕾は慌てふためく。
「ちょ…っ、ちょっと待てっ!こらっ、東雲っ! く……苦しいっ! おいっ離せっ!! この馬鹿っ」
ドカッ!
そして、ついに東雲の顔面に蕾の鉄拳が飛んだ。
「いっ、いー加減にせんかぁっ!」
「だって、君があんまり嬉しいこと言ってくれるから」
殴られた頬を押さえながらも、それはそれは嬉しそうに答える東雲は、端から見たらかなり危険だ。真っ赤な顔で拳を握りしめた蕾は、ハアハアと肩で息をしながらしばらく睨んでいたが、すくっと立ち上がると、黙って寝台を降りた。そのまま扉の方へ向かうのを見て、ようやく我に返った東雲はあわてて引き止める。
「どこ行くんだい」
「うるさいっ!オレは帰るっ!! お前がなんといおうと、帰るっ!」
「ま、待って、蕾」
「離せっ!」
「わ、わかったゴメンよ。私が悪かった、反省してます。もう絶対何もしないから、どうか許しておくれ。せめて夜が明けるまででいいから、ここにいてくれないかい。 お願いだから……ね?」
さっきまでのふやけきった表情から一変、縋り付くようなひたむきな顔でそう言われてしまうと、蕾も無碍にはできない。この捨てられた子犬のような瞳には、どうも弱いのである。
「………ふん」
蕾は踵を返して寝台に戻り、そのまま東雲に背を向けて横になった。なんとか最悪の事態は免れたのにホッとして、ようやく落ち着きを取り戻した東雲は、部屋の明かりを落としてから静かに寝台の傍らに腰掛けた。蕾は蓑虫のように布団にくるまってぴくりとも動かない、が、まだ眠ったわけではなさそうだ。
しばらく経ったあと、呟くような蕾の声がした。
「……お前は寝ないのか?」
「いいからゆっくりお休み。 君が起きるまでここにいるから」
「いらん。 だいたいお前、昨日も寝てないのではないのか? 人のことより、自分の心配をしろ」
「そうは言っても、この部屋にはこれしか寝台がないし。 かといって、私がわざわざ別の寝室で寝るのもおかしな話ではないかね。まあ、どのみち夜明けまであと数時間ほどだから、大丈夫だよ」
それきり蕾は黙ってしまった。
眠ってしまったかと思うくらい長い時間が過ぎてから、蕾はおもむろに自分がくるまっていた上掛けを広げて、そのままごそごそと寝台の奥へ移動していく。そして、相変わらず向こうをむいたまま、ぼそっと呟いた。
「………ここで寝ろ」
「え……でも、いいのかい?」
「仕方あるまい、お前の寝台なのだから。ただし、おかしな真似はするなよ」
余談ですが、この話全体で一番書きたかったのが、蕾の「東皇使に本気であんなこと〜」の台詞ですw