「…クッ……ぶふっ……プハハッ」

 東雲としても一応、頑張って堪えようとはしたのだが、やはり耐えきれずに吹き出してしまった。

 いったん笑ってしまうと、堰を切ったように次から次へと笑いがこみ上げてきて、しまいには、声を上げて笑い始めてしまう。
 だが傍らの蕾には、一体何が起こったのか、なぜ東雲が爆笑しているのか、まったく見当がつかない。
「おいっ東雲! キサマ何を笑っている。 どういうことか説明しろッ」
「いや、だって……君、そんな。 な、なんかもう、あまりにもお約束すぎるというかベタというか……っクク」
「ああっ? どういうイミだ」
 ワケが分からず苛立つ蕾に、ようやく笑いを収めた東雲は目尻にたまった涙をぬぐいながら説明する。
「まあ、このチョコはおそらく完全に善意の寄付だよ。 たぶん、中学生くらいの可憐な美少女がチョコを買いに来たけど、殺気だった売り場に恐れをなして買えずに肩を落として帰って行くのを見て、可哀想だと思ったんだろうね。 チョコレートをくれた彼女も、昔そんな経験があったのかもしれないな」
「なんだその見てきたような説明は。 中学生くらいの女? あそこにそんな奴がいたというのか? それがオレと何の関係があるのだ」
 椅子に座って説明する東雲の前に、腕組みしながら仁王立ちする蕾。
 偉そうな立ち居振る舞いはいつもの如くだが、その服装はといば、リボンタイのブラウスに、揃いのベストとハーフパンツという、実に育ちの良さそうな格好だ。
「いや、だからそれが彼女の目に映った君の姿だって。 今日の服装もとても可愛らしいから、黙っていれば充分に女の子に見えるよ」

 ガツンッ!

「ッた…っ、ヒドいなあ、私が間違えたわけじゃないのに」
 殴られた頭をおさえて文句を言いつつも、まだ笑いを収めきれない東雲の様子に蕾は目を吊り上げる。
「うるさいッ、それだけ笑えば同罪だ! では、なんだ、オレは女に間違われたばかりか、誰かにやるチョコレートを買いにきたとでも思われたというのか!?」
「まあ、そう考えるのが妥当な線だろうね。 いいじゃないか、せっかくだからありがたく貰っておいたら」
「いらんわっ! オレはおまえと違って、食べもしない菓子を集める趣味はない」
「別に私だって、趣味でもないし集めてる訳でもないんだけど……だったら、今ここで食べていくかい?」
 東雲はいまだ手元にあるチョコの箱を軽く持ち上げて提案してみた。あわよくばご相伴にあずかろうという目論みだったが、蕾はしばし逡巡したのち首を振った。
「いい、持って帰って透にでもやる。 何日も前からチョコレートが欲しいとさんざん騒いでおったからな」
 この発言に東雲は脱力する。やはり蕾の認識は根本的にどこかずれている。
「いやいや、それはチョコレートならなんでもいいわけじゃなくて、可愛い女の子がくれるチョコレートが欲しいわけであって、君があげても逆効果だと思うよ。 それに、そのチョコはその辺の店で簡単に買えるような代物ではないから、それを君が持って帰ったら、当然、どうやって手に入れたのか根掘り葉掘り突っ込まれるだろうね。 透は遠慮がないから、おそらくさっきの私以上に大爆笑するんじゃないかな」
「う…っ」
 確かに。
 言われてみると、その通りかもしれない。蕾の脳裏にも透に馬鹿笑いされる屈辱的な場面がありありと浮かんでくる。
「で、では、どうすればいいというのだ」
 蕾のこの言葉に、東雲はしてやったりと心の中で盛大なガッツポーズをとる。東皇使として(?)この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいくまい。
「うーん、そうだね……では、これと交換してあげようか」
 と、満面の笑みを浮かべた東雲が満を持して引き出しから取り出したのは例の日本酒チョコ。

「? なんだこれは」
「ちょうど君にあげようと思って買っておいたんだ」
「なんで」
「まあ、私から君へのバレンタインのプレゼントというか…」
「あん? どういうことだ」
 バレンタインにプレゼントを渡されて「どういうことだ」もなにもないだろうにと東雲は内心溜め息をついたが、常識的に考えれば、ただの幼馴染みからチョコを貰って愛の告白だと思ってくれという方がどうかしている。
 仕方がないので、ストレート過ぎる蕾の疑問を適当に誤魔化すことにした。
「どういうって言われても……街でたまたま見つけて、君好みじゃないかなと思って。 まあ君には常日頃からいろいろと世話になってるというか、どっちかというと私が世話をかけられているというか、むしろ世話をしてやってる気がするけど、いいじゃないかね、細かい事は。 きっと気に入ると思うよ」
「うるさいっ、もういい。 そこまで言うなら貰ってやる。 よこせ」
 うまくはぐらかされた気もしないでもないが、いつも通りイヤミ満載の東雲の台詞にカチンときた蕾は半ばヤケになったように東雲からのチョコをひったくり、微塵の躊躇もなくバリバリと包装紙を剥いでいった。
 小さな箱の中にに入っていたのは、一見なんの変哲もないチョコレート。
「別に普通ではないか」
「いいから食べてごらん」
 ニコニコと笑っている東雲のあまりにも上機嫌な様子に不気味さを感じながらも、蕾は言われるままに包み紙を剥いて丸ごと口に放り投げた。
「んん?」
 外側はごく普通のチョコだが、一噛みすると中からトロリと違う食感のものが出てきた。よくよく味わっていると紛う事なき酒である。しかもけっこうアルコール度数の強い、正真正銘の日本酒だ。
「ほう、酒入りか。 こんな菓子もあるのか」
「どう?」
「…ん……まあ、悪くはない」
 素っ気なく言いながらも、蕾は次々とチョコを口に入れ、あっという間に一箱完食してしまった。
 その様子に東雲の笑みが更に深くなる。
「気に入ってくれたようでよかった。 実は味見用にもう一つ買ってあったから持って帰っていいよ。 代わりにこれを貰っておくから」
 そう言うと、東雲は引き出しから日本酒チョコをもう一箱取り出して――いざという時のために二箱買っておいたのは大正解だったと密かに自画自賛しながら――蕾に手渡すと、蕾のチョコをさっさと引き出しに仕舞い込んだ。その様子を蕾がじっと見ていたのでてっきり文句を言われるかと思ったのだが、去り際の蕾の口からは、やはり若干ずれた言葉が飛び出した。
「まあ、どうせオレは喰わんから別にかまわんが、おまえがそんなに甘い物好きだったとは知らなかった」

 そんな見当外れの感想とともに透のマンションへと帰っていく蕾を今日何度目かになる溜め息をつきながら見送っていた東雲だったが、見ればその表情はどんなチョコレートよりも甘くトロトロに蕩けきっていた。
 バレンタインデーに蕾とチョコの交換をするという快挙を成し遂げたことに、これまでにない達成感と充実感を感じていたのである。
 今年のバレンタインデーは、東雲にとってまさに願ってもない、記念すべきバレンタインになった。



 余談だが、蕾が持って帰ってきた日本酒チョコはあっという間に透に見つかり、東雲に貰ったことを白状させられたのだが、それを聞いた透は驚いたような呆れたような実に微妙な顔をして黙ってしまった。透のその表情の意味についてはよくわからなかったものの、爆笑されたり馬鹿にされたりすることがなかった蕾は、東雲の言った通りチョコを交換しておいて良かったと、珍しく素直に心の中で東雲に感謝することとなった――そして翌日、蕾の代わり(?)に透に大爆笑されたのが誰だったのかは、言わぬが花というものだろう。


 なにはともあれ、Happy Valentine's day!






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作中の日本酒チョコは実在します。ウイスキーボンボンの日本酒版ですね。食べたことはないですが、最近はけっこう何種類も出ているみたいなのでぜひ蕾にと思ってw


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