2月14日はバレンタインデー。
東雲は今年も、たくさんのチョコレートを貰った。
通学中にも既に何人かの女生徒から声をかけられたし、学校は女子部と校舎が別なのになぜか下駄箱にもチョコが入っていたし、教室では女子に頼まれたクラスメイト達から嘆きや文句や嫌味とともにチョコレートを手渡された。
どうも毎年確実に増えているように感じるのは、東雲の気のせいだけではあるまい。
曲がりなりにも東皇使であるので、天界にいた頃からも仙女たちに贈り物をされたり恋文を貰うことはそれなりにあったが、こうして同じ日に一斉に同じ菓子を渡すという習慣には、始めの頃はかなり驚いたものだった。
気持ちはとてもありがたいと思うし、頬を染めながら一生懸命に渡してくる様子は大変いじらしいと思うこともあるのだが、いかんせん、量が多すぎる。これだけのチョコレートをどう消費しようかと考えると、毎年のこととはいえ頭が痛い。
さすがに女性のパワーに圧倒されてしまった東雲は、学校が終わるやいなや、透の誘い(おそらく女子達の所へ連れて行かれるのだろう)を振り切って、なるべく人に会わないようそそくさと帰路についた。
ようやく家に帰りついた東雲が、机の前に座ってホッと一息ついたその時、窓がカタンと音をたてた。
振り向いて姿を認めるよりも先に、馴染みの香りが鼻を擽る。
「いたのか」
自分で訪れておきながら随分な挨拶だが、そう言う彼こそ昼間から東雲の所へ来るなんて珍しい。
思いがけぬ訪問に思わず頬が緩んでしまう。
これはラッキーだ。
この様子だと、今日のご機嫌は中の上くらい。用件は、なにか聞きたいことがあるという所か。
「やあ蕾、いいところに」
聖仙、それも東皇使ともあろうものが、下界のイベントにまんまと乗せられるのはどうかと思うのだが、実は先日、街で「日本酒チョコ」なるものを目にして、ついつい購入してしまったのだ。
まあ、今日でなくても、そのうち会ったときに特別な意味はなくあげればいいかと思っていたのだが、今日渡せるなら勿論その方がいい。蕾も下界にこれだけ長い間いれば、さすがにバレンタインは認識しているだろうし、少しは東雲の想いに気付いてくれるかもしれない。
「なんだ」
「ちょうど君に渡そうと思っていたモノがあるんだけど」
「それよりオレの用事が先だろうが」
「ああ、ゴメンゴメン。 君の用って?」
「たいしたことではないのだが、ちょっとおまえに聞きたいことがあってだな」
そう言うとどっかりと東雲のベッドに座ってあぐらをかく。
東雲は読みが当たったことに密かな満足感を覚えて笑みを浮かべた。
「なんだね」
しかし、蕾はすぐに話そうとはせず、机の脇に無造作に置かれたいくつもの大きな紙袋に目をやって、驚いたように尋ねてきた。
「それは全部チョコレートなのか」
「ん? ああ、そうみたいだね。 中には違うのも入ってるかもしれないけど…もし何か欲しいのがあったら持って行っていいよ」
「いらんわ」
そのまま、蕾は口を噤んでしまった。
とはいえ怒ったり不機嫌になったわけではなく、話の切り出し方を考えているようだったので、東雲は黙って蕾が話し出すのを待っていた。
やがて、蕾が口を開く。
「そもそも、バレンタインにチョコレートを渡すというのは何なのだ」
おっと。
なんと直球な。
「え…うーん、何って言われても。 まあ、もともとは西洋の記念日で恋人に贈り物をするというのが発祥だからチョコレートは直接関係ないんだけどね。 日本では、女性から愛の告白として意中の男性へチョコレートを渡すという事が習慣になっているよ」
「そんなことは知っている」
「……」
若干の期待を裏切られてしまった東雲が、やや拍子抜けして尋ねる。
「…じゃあ、何だね」
「そういう場合以外で、チョコレートを渡すのはどういう時だ」
「ああ、愛の告白ではなくて、普段お世話になっている人にあげる義理チョコとか、あと最近は女性が友達同士でやりとりする友チョコや、男性から女性にあげる逆チョコなんていうのもあるみたいだね」
さすがに東雲はこの手のことに詳しい。
「でも、なんだって急にそんなことを」
「ああ、昨日、街でこれを貰ったのだがどういう意味かと思ってな」
と、蕾が取り出したのは、掌サイズの小箱。
「え……何、もしかしてチョコレートかい? 誰から?」
まさか蕾にチョコをあげる強者がいるとは。
蕾は、透周辺の人間以外とはほとんど交流がないと思って安心していたのに。東雲にとってはまさに晴天の霹靂だ。
「知らん女だ」
言いながら蕾が東雲に投げてよこした箱は、最近話題になっているチョコレート専門店の包装紙で包まれている。ケースが可愛くラッピングが凝っている上、個数限定販売ですぐに品切れになってしまうとテレビもでやっていて、東雲が貰った中にもいくつかあったはずだ。値段はそれほど高くはないらしいが、手に入れる労力を考えると明らかに義理よりは上、本命に近い意味合いだろう。
知らない女性ということは、どこかで蕾を見かけて一目惚れでもしたというのだろうか。
なんとも侮れない。
「君は知らなくても、彼女は君を知っていたんだろう? 何かカードとか手紙とか入っていないの?」
「いや、そういう感じではなくて、向こうもオレなんか知らんと思うぞ。 買ったばかりの物をくれたようだったしな」
「はあぁ? なんだねそれは。 もう少し詳しく説明しておくれよ」
「街をブラブラ歩いてたら人だかりができていたから何かと思って覗いてみたらチョコレート売り場でな。 オレは特に興味もないからすぐにその場を離れたのだが、そこにいた一人の女がいきなりオレを追いかけてきて『多めに買えたから一つあげる、頑張ってね』とかわけのわからん事を言いながらその箱を押しつけてきたんだ。 おまえ、どういう意味か分かるか?」
「………」
一瞬の沈黙の後、東雲はおもむろに片手で口元を覆った。
「?」
蕾はその仕草の意味が分からずに不思議そうな顔をしている。
そして、次の瞬間――――。