人間たちの住む世界の遥か上、空のかなたに天界と呼ばれる世界があります。
天界の中にもいろいろな国があるのですが、その一つに森の国がありました。
森の国にはたくさんの皇子さまがいましたが、その中でも八番目の皇子さまは優しくて頭も良く紳士的だったので女性にモテモテでした。
でも、結婚したいと思うほどの人にはいまだ出会えていません。
周囲からの「まだ、結婚しないの?」というプレッシャーも日に日に強くなってきたため、悩んだ皇子さまはこの世の全てを司っているという霊元天神さまにお伺いをたててみることにしました。
「霊元天神さま、私の運命の人はどこにいるのでしょうか」
すると、天神界からのお声が聞こえてきました。
「花の国に行くがよい」
なるほど、お隣の花の国には綺麗な姫君がたくさんいると聞きます。そこなら運命の人がきっと見つかるでしょう。
霊元天神さまにお礼を言ってさっそく行こうとした皇子さまでしたが、その時さらなるお告げが聞こえました。
「これを食べた者がそなたの運命の相手となるだろう」
そして、皇子さまの目の前になにやら茶色くて薄いツルツルしたモノが現れました。お告げの内容からすると、どうやら食べ物のようです。というか、これはチョコレートというお菓子ではないでしょうか。下界のことを勉強した時に、本で見た覚えがあります。
皇子さまは意外と冷静で、一瞬「なんでチョコ?」と思わなくもなかったですが、霊元天神さまの言うことなのだからとムリヤリ納得して、とりあえずチョコレートを持って出掛けました。


さて、さっそく花の国に行った皇子さま。
花の国には綺麗な姫君がたくさんいて、みんな優しくたおやかです。でも、皇子さまの目にかなうほどの女性はいませんでした。
あてどもなく女性を捜すことにちょっと疲れてしまった皇子さま、とりあえず休憩しようと、人のいなそうな湖の畔にやってきました。
湖畔に座ってぼんやりと湖面を見つめていると、どこからか「ぐお〜、ぐがあ〜」という、不思議な音が聞こえてきます。何だろうと思って、その音がする辺りに近づいてみました。
すると、そこには。
なんとも可憐なお姫さまが寝ているではありませんか!
無防備に眠るあどけない花のお顔のお姫さま。寝息が若干、というか相当に豪快でしたが、そんなことは気になりません。
皇子さまは一目でその姫を好きになったので、彼女が起きるのを辛抱強く待っていました。
やがて「ふわあぁ〜、あーよく寝た」という声と共にお姫さまが目覚めたので、皇子さまは勇気をだして声をかけてみました。
「あの…花の国のお姫さま。あなたを一目見て好きになりました。私は隣の森の国の皇子で…」
ところが、皇子さまは最後まで自己紹介をすることはできませんでした。
「誰が姫じゃ、くらぁ〜」
という声ととともに、気が付いたら殴り倒されていたのです。
「オレは花の国の皇子だっ」
なんとお姫さまだと思ったのは、花の国の皇子さまだったのです。
「し、失礼しました…」
間違えたのと殴られたので、精神的にも肉体的にもかなりのショックを受けた皇子さまでしたが、悪いのは自分なのだからと、紳士的に謝ってすごすごとその場を退散しようとしました。
そのときです。
「おい、なんか忘れ物だぞ」
と、花の皇子さまから声をかけられました。
振り向くと、花の皇子さまが持っているのは霊元天神さまのチョコレート。
どうやらさっき殴られた時に落としてしまったようです。若干の胡散臭さはありますが、一応、運命の相手が食べるハズの大切なチョコレートなので取りに戻ろうとしました。
ところが、その目の前で衝撃的なことがおこりました。
「なんだこれ、菓子か? よし、詫びのしるしに貰ってやる」
と言うやいなや、花の皇子さまがぱくりと一口で食べてしまったのです。
「!」
「お、美味いな。 ん、なんだ? もしかして喰ってはいけなかったのか? おまえが喰おうと思ってたのか?」
「…い…いえ、あの…」
なんということでしょう。これを食べた者が運命の相手ということですが、まさか相手が皇子さまとは思いませんでした。
森の皇子さまはどうしたらいいか分からなくなって、その場に固まっています。
そんな様子を見た花の皇子さま。
もしかしたら森の皇子さまはこの菓子がとても好きで大事に食べようと取っておいたのだろうかと思いあたって、さすがにちょっと罪悪感が芽生えてきました。
いきなり姫に間違われたので思わず殴ってしまいましたが、よく見てみると優しそうだしいい人そうです。それに年も同じくらいなので、一緒にいられたらきっと楽しいでしょう。花の国には一人しか皇子さまがいなかったので、兄弟もお友達もいない花の皇子さまは少し寂しかったのです。
「あー…まあ悪かったな。 分けてやるからこっちに来い」
そう言って花の皇子さまが手招きをします。
森の皇子さまは特にチョコが食べたかったわけではないのですが、有無を言わさぬ眼力に逆らうこともできません。
もう食べてしまったものをどうやって分けるのだろうと疑問に思いながらも森の皇子さまが近づくと、いきなりグイッと頭を捕まれて口づけをされました。
「!!」
森の皇子さまは知識は豊富でしたが女性と遊びで付き合うようなことはしなかったので、実はキスをするのも初めてです。
ビックリしてなすがままになっていたら、驚いたことに舌まで入れてくるではありませんか!
花の方というのはなんと積極的なのだろう、男同士でも関係ないのだろうかと森の皇子さまは目を白黒させていましたが、そのまま呆然としているだけではないのが皇子さまの皇子さまたる所以です。
据え膳喰わぬはなんとやらとばかりに、さっそく差し込まれた舌を味わうように自分の舌を絡めてみました。すると、さっき食べられてしまったチョコレートの味がします。それに気を良くして、今度は相手の口の中にも舌を入れていろいろな所を舐めてみました。初めてにして、この順応力の高さは特筆すべきでしょう。
なんだか口の中全体が甘く感じます。なるほど、甘いキスという言葉があるけどあれは本当だったのだななどと考えながら、森の皇子さまはチョコレートの味がしなくなるまでじっくりと花の皇子さまの唇を堪能していました。


長い長いキスが終わって、ようやく二人の顔が離れました。
花の皇子さまはかなりぐったりしていて、顔がほんのり赤くなっています。その様子がなんとも色っぽく、森の皇子さまは、キスしていた時よりもさらにドキドキしてきました。
もはや皇子同士とか、そんなことは頭の中からキレイさっぱり消えています。この方こそが運命の相手だと、すっかりその気になって求婚をしようとした森の皇子さまでしたが、その前に、花の皇子さまがビックリするようなことを言いだしました。
「……おまえ、そんなにあの菓子が好きだったのか。 でもまあ、まだけっこう口の中に残ってたからよかったな。 美味かっただろう。 喰ってしまったのは悪かったが、これでチャラにしておけ」
てっきり花の皇子さまも自分を好きだからキスしてくれたのだと思っていたのに、実は全くそういう意味はなく、森の皇子さまにチョコを味わわせてやろうと思っただけだったようです。この様子だと、思いっきりディープなキスになったのも、森の皇子さまがそれほどまでにチョコが好きだったのだろうという認識しかしていないのでしょう。
いえ、ひょっとすると、キスをしたという意識すらないのかもしれません。
すっかり気が抜けてしまった森の皇子さまですが、それでも、花の皇子さまを見ているだけで、いつの間にか笑顔になってしまいます。ふわふわするような、ワクワクするような、嬉しくて幸せな気分がこみ上げてくるのです。
運命の相手とかそういうことは関係なく、ただもっともっと一緒にいたいと、心の底から思いました。
「あの、花の皇子さま」
「オレの名は蕾だ」
「私は東雲といいます。 あの、私はあなたともっと一緒にいたいのです」
「よし、ではオレの国へ来い。 そうすれば、ずっと一緒にいられるぞ」
花の皇子さまは、拍子抜けするほどアッサリ了解してくれました。
森の皇子さまも、森の国にたくさんの兄皇子がいたので気兼ねなく花の国に住むことにしました。
こうして、花の国で一緒に住む事になった森の皇子さまと花の皇子さま。
まずはお友達から始まったお二人でしたが、その後の森の皇子さまの地道な努力の積み重ねが功を奏して、やがて、花の国で盛大な結婚式が催されることとなりました。
晴れて結ばれたお二人はとても仲睦まじく、時には喧嘩をしながらも、末永く幸せに暮らしたということです。
さて、お告げ通りに運命のお相手と添い遂げられた森の皇子さま。
ご成婚の記念に霊元天神さまをお祀りする祠を建てて、毎日、チョコレートをお供えするようになりました。
さらに、お二人が出会った記念日には毎年必ず花の皇子さまにもチョコレートを贈る事にしたそうです。
そしてそれは、いつしか「その日にチョコレートをあげた相手と結ばれる」という伝説になり、
恋人たちの一大イベントとして定着していったということです。

