立春企画小説

未開紅
〜 みかいこう 〜





 天界聖仙郷では、その年、慶事が相次いだ。

 まず神扇山で、永輪樹帝の八番目の皇子が、幼くして春の宰主・東皇使に就任した。
 そして、ほぼ時を同じくして、華恭苑では錦花仙帝の唯一の皇子が、これまた幼くして花士軍団の総大将である御大花将を仰せつかったのだ。

 二人の皇子は同い年の幼馴染み。
 しょっちゅう喧嘩をしながらも、なんだかんだで行き来し合って一緒にいるところを見ると、良き友人、良きライバルといったところだろう。


 今日も今日とて、森の皇子が花の皇子を訪れていた。



      



「やあ、久しぶり。 御大花将どのにおかれましてはお元気そうでなによりだ」

「……わざわざ嫌味を言いに来たのか」

 部屋の中央、机に両足を上げてふんぞり返るという皇子らしからぬ行儀の悪さで東雲を迎えたのは、先日、聖矛授与の儀を無事に済まし、晴れて新御大花将となった幼馴染みだ。

「いやいや、就任のお祝い兼、ご機嫌伺いにね。 薫どのに聞いたよ、それはそれは見違えるように立派に儀式を務めたそうじゃないか。 君の就任をあまり歓迎していなかったはずの曙橙将軍がそれ以来すっかり君に心酔してしまって、仙女たちとの噂もぱったり止んだと聞いたし。 私も見てみたかったなぁ」
「…おまえは一体どっからそんな情報を仕入れてくるのだ」
「まあ、いろいろと。 私は君とは違って人望があるから」
「るさいわっ」
「そういえば今度、華恭苑で襲名披露をするそうじゃないか。 宴には私も出席するから、君の晴れ姿を楽しみにしてるよ。 そこでも何か舞うんだろう?」
「あれは単なる座興だ。 たいしたことはせんぞ」
 興味なさそうに言う蕾。二人をよく知らない者がこの一連のやりとりを見ていたら、蕾がかなり不機嫌なのかと思うだろう。
 だが東雲には、彼の機嫌がかなり良いのがわかった。だてに昔から共に遊んで(殴られて?)いるわけではない。
 御大花将をきちんと継承できたことで、蕾なりに感じていた重圧や葛藤から解放されたというところか。

 それを裏付けるように、突然、蕾は立ち上がると話題を変えた。
「そうだ、東雲おまえ、露冠を見たことあるか」
 目を輝かせて、宝物を自慢する子供のように聞いてくる。
「露冠って、御大花将にしか召喚できないっていう聖剣だっけ。 見たことはないなあ」
「よし。 今、見せてやる」
「え? こんな所ですぐに呼び出せるのかい」
「オレが御大花将なのだから当然だ。 いいか、よく見てろよ」
 得意げな顔でそう言うと、蕾は姿勢を正して両手を伸ばした。目を閉じた蕾が集中すると、彼の花気が一気に高まっていくのがわかる。

 すごい。
 普段、一緒にいる時には見られない姿に、東雲は瞬きも忘れて見入っていた。封印しなければならないほどのパワーを秘めていると兄から聞いてはいたが、実際にその片鱗を目の当たりにすると、その凄まじいオーラに圧倒されてしまう。
 やがて蕾の指先に陽炎が生まれて――――


「……っ…!」
 と、突然、蕾は胸を押さえガクリと膝をついた。
「蕾っ!?」
 東雲が慌てて駆け寄ると、蕾は胸を押さえたまま蹲っている。その顔には脂汗が浮かび、堪えるように必死に歯を食いしばっていた。
「つ、蕾………待って今、誰かを呼んで……そうだ、薫どのを」
 すぐに控えの者を呼ぼうとした東雲の腕を、強い力が引き留める。
「呼ぶなっ! 大丈夫だ……すぐに収まる。 誰にも、言うな」
 そう言われても、蕾の苦しみ方は尋常ではない。事情のわからない東雲は狼狽えるばかりだ。
「でも、だって君…」
「いいから、騒ぐな……たいしたことは、ない」
 言葉とは裏腹に、東雲の腕を掴む力の強さが苦痛の大きさを物語っている。しかし、こうまで言われてしまっては逆らうこともできない。

 ならば何か自分にできることをと考えた東雲は、蹲ってる蕾を両手でぎゅっと抱え込んだ。そして、緑仙が生まれながらに持っているという癒しの力を引き出そうと集中する。
 知識は完璧だし、やり方もわかってはいるのだが、実はまだ実際に他人に対して使ったことがない。だいたい、自己治癒力の高い緑仙たちの住む神扇山では、兄・五百重のような薬聖でもない限り、他の天仙に癒しの力を使う機会などほとんど皆無といっていいのだ。
 だが、そんなことを言っている場合ではない。東雲はしっかりと蕾を抱き締め、必死で念じる。

 数分後。
「…東雲…?」
 やがて東雲の祈りが通じたように、蕾の身体から強ばりが解けた。
「蕾………大丈夫?」
「ああ、もう収まった」
 東雲がそっと身体を離して蕾の顔をのぞき込むと、確かに蒼白だった顔には血色が戻ってきている。ホッとした東雲は矢継ぎ早に質問をした。
「こんなことがよくあるのかい? 原因は? 兄上は知っているの?」
 蕾はうるさそうに東雲の腕から抜け出すと椅子に戻ってしまったが、それでも、一応質問には答えてくれた。
「よくあるというほどでもないが、まあ封印されてから、たまにな。 急に強い力を出したりすると、なりやすいようだ。 身体が慣れてくればいずれは安定すると言われたし、たいしたことではない」
「でも、あんなに苦しそうに……もう一度、看てもらったら? 私から伝えておこうか」
「いらん、余計なことはするな。 あと、今日のことも絶対に誰にも言うなよ」
「なんでそんな…」
「いいから、絶対だぞ」

 先日、老伯将に「身体が安定しないのは未熟者だから」と言われて以来、どんなにひどい発作が起きても、薫にさえ知られないように一人で耐えてきた。これしきの事で音を上げるようでは御大花将の名折れだ。
 東雲に見られてしまったのは失敗だったが、もう何ともないのだし、適当に誤魔化して――ん?何ともない?
 蕾は身体のあちこちを触ったり動かしたりして、どこにも異常が無いことを確認していたが、どうも腑に落ちないような顔をして首をかしげている。

「どうしたの? まだどこか痛む?」
「いや……おまえさっき、オレに何かしたのか?」
「え、なんで?」
「発作が収まるのがすごく早かったし、収まった後がこんなに楽なのは初めてだ」
 いつも発作の後はひどく消耗して何もしたくないほどに疲れているのだが、今は発作の前よりもむしろ調子がよくなったくらいだ。
 不思議そうな顔をしている蕾を見て、ようやく東雲は自分の力が役立っていたことを知った。
「ホントかい! よかった。 実は初めて癒しの力というのを使ってみたんだけど、効いたみたいだね」
「はあ? なんだおまえ、そんなこともできるのか」
「そりゃ緑仙だもの。 でも、やっぱり書物で読んでいるのと実際にやってみるのではけっこう違ったなあ。 効いてるのかどうかもよく分からなかったし。 もっと実践を積まないと、まだまだ兄上のようにはいかないや」
「フン、おまえには千年早いということだな」
「君にだけは言われたくないよ」

 いつの間にか二人とも発作のことなどすっかり忘れ、他愛もない話に興じていたのだが、気がつけば東雲が帰らなければいけない時間をとうに過ぎていた。

 結局、聖剣を見せて貰うのは後日ということにして、東雲は急ぎ神扇山へと戻っていった。



      



 数日後、今度は、花の皇子が森の皇子を訪れる。



「よっ、東雲」
 いつもと変わらぬ挨拶をしながら、窓から入ってきた蕾の姿を見て、東雲は仰天した。
「つ…蕾っ! どうしたんだい、大丈夫!?」

 なんと、身体中が生傷だらけの上、右腕と額からは出血もしている。東雲が傷を見ようと腕をとると、蕾は顔をしかめた。
「いてッ…おい、むやみに触るな」
 傷の状態と蕾の様子から察するに、どうやら見た目が派手な割には、深刻な傷ではないようだ。東雲は一安心して、いつもの軽口をたたく。
「どうしたらこの平和な聖仙郷で、こんな傷が作れるのか教えてほしいものだよ……君の狼藉に恨みを持った誰かに襲撃でもされたのかい?」
「なんだそれは。 ただ、ちょっと木の上で寝ていたら、いつの間にか落ちていたんだ」

 予想外の蕾の答えに、どこから突っ込んでいいのか途方にくれてしまう。
「……いつの間にかって、落ちるまで気付かなかったってこと?」
「そうなんだろうな。 しかも、落ちた所にちょうどが石が転がっていたようでな。 おかげでこのザマだ」
「い…石…って」
 乾いた血がこびりついた額をさすりながらケロッとした顔で言う蕾に、東雲の方が血の気のひく思いだ。いくら蕾が丈夫で身軽だとは言え、一歩間違えれば大惨事になりかねない。

 呆れてモノが言えない東雲に、蕾は焦れたように言った。
「オイ、いつまで怪我人を放っておくつもりだ」
「え…なに、もしかして君、わざわざここまで治療にきたの?」
「悪いか。 おまえ、怪我を治したりもできるのだろう? こないだ、もっと実践したいとか言っておったではないか。 薫に見つかったら、また儀式に出なかったことまでギャーギャー言われるし、ちょうどいいと思ってわざわざ来てやったのだ」

 なるほど、儀式をサボって見つからないように木の上で昼寝していたわけか。
 事情はわかったが、生憎、この部屋には道具も薬もないので治療しようにも何もできない。五百重の所へ連れていけばいいだろう。
「はあ…。 では、とりあえず、兄上の所へ…」
「馬鹿かおまえは、なんのために直接ここに来たと思ってるのだ。 上条宗司さまの所に行ったりしたら、すぐに薫にバレるだろうが。 なんだおまえ、普段偉そうなことを言っているくせに、これしきの傷も一人で治せないのか」
 挑発的な蕾の言葉にカチンときた東雲は、すぐさま反撃に転じた。
「そんなわけないじゃないか。 ここには道具がないから、兄上に借りようと思っただけだよ。 いいだろう、では誰にも言わないであげるよ。 その代わり君にも文句は一切言わせないからね」

 そして東雲は、側仕えの者に、兄や教師達には内緒で自習しておきたいからと適当な言い訳を並べたてて、内密に治療道具一式を揃えさせた。

 本格的な怪我の治療をするのも実はもちろん初めてなのだが、なるほど、まさに百聞は一見に如かず。
 用具や薬の使い方から、自身が持つ治癒力の加減や薬効力の効果的な使い所などなど、実際にやってみなければ分からなかったことがたくさんある。
 これは、たしかに無茶をした蕾に感謝してみてもいいかもしれない。

 滞りなく、というか、いっそ見事と呼べるほどの手際良さで、東雲は処置を終えた。
「終わったよ。 さあ、どうだね」
 目立たずきれいに包帯の巻かれた右腕をさすってみて、蕾も感心したようだ。額の傷も前髪に隠れているので、外からはまったく分からない。
「まあ、悪くはないな。 なかなかやるではないか……ふふん、どうだ、オレが来てやってよかっただろう」
 珍しく褒めてくれたと思ったら、これだ。どうやら、東雲が傷を診ながらも、向学心に目を輝かせていた所まで見られていたようだ。
「…まあ勉強にはなったよ。 でも、君だって薫どのに見つからず、大事にもならずに済んだんだから、もっと私に感謝してもいいのではないかね」
 しかし蕾は東雲の言葉などどこ吹く風で、一人で何かを納得している。
「よし決めた。 今度から怪我をした時はここに来るからな。 次ははじめから全部準備しておけよ」
「は?」
「じゃあな」
 東雲が呆気にとられているうちに、蕾は来たときと同じくあっという間に飛んでいってしまった。


 それからというもの、宣言通り負傷するたびにやってくる蕾のおかげ(?)で、治療および薬理に関する東雲の技術や知識は、専門の教授達をも凌ぐほどに上達していった。由緒正しい血統ゆえ元々の素質は充分にあったとはいえ、東皇使という、本来、治癒や薬理系の緑仙でないのにも関わらず、だ。

 もちろん東雲の私室には、大抵の怪我や病に対応できるよう治療道具一式と様々な薬が常備されることとなったのは言うまでもない。
 その後、互いに忙しくなりほとんど行き来がなくなっても、それは、ずっと変わることはなかった。



      



 そして幾多の季節が流れ去り、時は現在へと至る。
 下界に留学中の森の皇子の部屋には、相変わらず、花の皇子の姿があった。



「まったく、相変わらず無茶をする……」
 深い刀傷を負った蕾の太ももに手際よく包帯を巻きながら、東雲は溜息をつく。
「仕方なかろう。 花精が怪魔に捕らわれていて花炎も使えんし、花精自体もかなり弱ってきていたから、相打ちで仕留めるのが一番手っ取り早かったのだ」
「だからって、自分もこんな怪我してたのでは世話ないよ」
「ふん、こんなのはかすり傷だ。 別にここに来るまでもなかったのだが、オレが来ないとこの薬やら包帯やらが無駄になるのだろうから、仕方なく来てやってるんだ。 それに、おまえもたまにやっとかんとやり方を忘れるぞ」
「この私が、一度覚えたことを忘れるわけがないじゃないかね。 はい、終わったよ」
「よし」
 偉そうにそう言って、蕾は脱ぎ捨ててあったハーフパンツに足を通す。
「だいたい、おまえの治療の腕が上がったのは、オレがしょっちゅう行ってやってたおかげだろうが」
「そりゃ確かに大昔はそうだったかもしれないけど、今の私には何のメリットもないのだよ。 これからは、代わりに何か貰うことにでもしようかな」

 立ち上がって道具を片付けながらそんなことを言い出した東雲に、蕾は眉根を寄せた。
「なんだ、治療代でも欲しいのか」
「お金を貰ってもねぇ。 どうせカツアゲか薫どのを働かせたお金だろう」
「ではなんだ」
「そうだなあ……」
 東雲は考え込む振りをしながら、蕾の傍にきて間近に見つめる。
 そして、一瞬の隙をついて蕾の頤に手を掛け仰のかせると、そっと唇を掠め取った。


「!?」


 東雲の一連の動きがあまりにも自然だったため、蕾は初め何をされたのかよく分からなかった。
「これでいいや。 ごちそうさま」
 だが、この上なく嬉しそうな笑みを浮かべた東雲の言葉で我に返った蕾は、ようやく今自分に何が起きたのかを理解するに至った。
「…な…な……き、キサマ……なにっ…」
 瞬時に首まで真っ赤になってしまった蕾は、まともな言葉が出てこない。
 そんな蕾に、東雲はニッコリ笑って手を振った。
「ああ、今回は特別にタダでいいよ。 今のは次回の分の前払いということにしておくから、またおいで」

 バキィッ!

「にに、二度と来るかッ!」

 渾身の力で東雲を床に沈めた蕾は、言い捨てるなり弾丸のように窓から飛び出していった。



      



 天界聖仙郷の二人の皇子は、同い年の幼馴染み。
 下界で再会してからは、良き友人、良きライバルを卒業し、より親密でかけがえのない間柄へと、少しずつステップアップを続けている。

 とはいえ、未だ開かぬ紅蕾こうらいがまことの春を迎えるのは、まだまだ先となりそうだ。




 そして今日も、何事もなかったかのように、花の皇子が森の皇子を訪れる。




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