東雲の想い人が錦花仙帝だといわれショックを受けている曄を、蕾がなだめすかしてなんとか私殿まで送り届けた。
なんだかよくわからないゴタゴタがようやく片付いてホッと一息ついた蕾と東雲は、連れだって下界へと戻っていく。
「ところで、君、よく助けにきてくれたね。 どうしてわかったんだい?」
ひょっとして虫の知らせとかイヤな予感とか、そういう運命的(?)ななにかを感じてくれたのかと、東雲は一縷の望みを託して聞いてみた。
「別に助けに行ったわけではない。 おまえの部屋に誰もいなくて、床が天の川の水で濡れていたから、よくわからんがとりあえず光明界に行ってみただけだ」
…まあ、そんなトコだろうとは思ったが、嬉しい事実も判明した。
「私の部屋に来たの? 何かあったのかい?」
これもおそらく、ちょっと聞きたい事があったとか暇つぶしだとか、その程度だろう。それでも、蕾が東雲に会いに来てくれた事には違いない。気を抜くと緩んでしまう頬を、隣を飛んでいる蕾に見られないようにしながらも、ついつい声が弾んでしまう。
だが。
「透がおまえのノートを借りたいそうだ」
返ってきたのは予想外の答えだった。
透は意外と頼み上手だ。
東雲自身も、宿題を写させろだのナンパに付き合えだのと言われ、気が進まない時でも最終的にはなんだかんだで彼の願いを聞いてしまう。
しかし、まさかそんなくだらない俗な用事を蕾に頼むとは。のみならず、蕾がそれを引き受けるとは、やはり透は侮りがたい。
「……それだけのためにわざわざ? 君もけっこうなお人好しだね」
半ば呆れて半ば感嘆の響きを込めて言った東雲の言葉。
東雲のイヤミったらしい言い方はいつものことだが、決して望んで引き受けたわけではない蕾にとって、この一言はかなり屈辱的だった。すっかり忘れていた当初の腹立たしさまでをも、まざまざと思い出してしまう。
「……というのは口実で、本当はキサマのむかつくツラを一発殴ってやろうと思ってな」
青筋を浮かべてバキバキと指の関節を鳴らしだした蕾に、東雲は慌てて謝意を示す。
「ウソです、スミマセン。 君が来てくれたおかげで本っ当に助かりました」
「フン」
なんとか殴られずには済んだが、蕾のご機嫌はまだ相当傾いているようだ。
東雲は話題転換も兼ねて、気になっていたことをおそるおそる尋ねてみた。
「そういえば、その……君、あれは本気で言ってたわけではないよね?」
「なにがだ」
「いや、さっきの、私の想い人が錦花仙帝さまだっていう…」
まさかとは思うが、蕾はずっとそう思っていたのだろうか。
「なんだ、違うのか」
あっさりとした答えに、東雲は自分の気持ちが1ミリも伝わっていないことを悟った。
「……一体どこからそんなことを思いついたのか不思議だよ」
心底がっくりした様子で溜め息をついている東雲に、蕾の方が不思議そうな顔をする。
「おまえが東皇使のクセにいまだに后の一人も貰わないのは、ままならぬ相手に恋をしているからなのかと思っていたのだが」
東雲は瞠目する。
もっと突拍子もない答えが返ってくると思っていたが、かなりキワドイ線を突いてきたので驚いた。
蕾も案外、東雲のことを見てくれているのだろうか。だが、そこで東雲の想い人が自分だなどとは露ほども疑っていない所が二人の関係を如実に示しているだろう。もっとも、同性の幼馴染みがそんな気持ちを抱いているのを想像しろという方が無理なのかもしれないが。
「…でも…だからってなんで錦花仙帝さまだと」
「おまえは昔から母上のお気に入りだったし、おまえも満更でもないようだったではないか」
「いや、それは……君の母上だからじゃないか」
「? どういうことだ」
確かに錦帝は、暴れん坊の蕾よりも聞き分けのいい東雲を息子の様に可愛がってくれていたし、東雲も錦帝にはよく懐いていた。それは幼い頃から滅多に会う事のできない自分の母親代わりということもあったが、しかし、最大の理由は「将を射んと欲すればまず馬を射よ」の精神だ。
もちろん当時の東雲に明確な自覚があったわけではないだろうが、蕾とずっと仲良くするには蕾の周囲に気に入られるのが早道だと、幼いながらも無意識に感じ取ってそれを実践していたに違いない。
だが、そんなことを言えるわけがない。
「わからなければそれでいいよ」
「なんだ、その言い方は」
「まあまあ。 それに万が一、私が本気で錦花仙帝さまに恋をしているなんて言ったら、どこぞのマザコン坊やにどんな目に遭わされるかわかったものではないしね」
「なんだと、キサマッ」
「おっと」
飛びながら殴りかかろうとした蕾の拳を東雲がひらりと躱す。
「逃げるな! 待て、コラ」
さらに蕾が掴みかかろうとするのをなんとか阻止して、さらに逃げる東雲。
薫あたりがこの様子を見たら、極上の笑みを浮かべて「相変わらず仲のよろしいことで」とかなんとか言いそうな、なんとも微笑ましいじゃれ合いである。

そんなこんなで、ほどなく二人は東雲の部屋へと降り立った。
「ところで透は何のノートを借りたいって?」
本棚を探っていた東雲が蕾の方を向くと、早くもすっかりくつろいだ様子の蕾がベッドに座ってタバコをふかしている。
「オレが知るわけなかろう。 明日までに出さねばならん宿題があるのではないのか?」
「そんな宿題あったかなぁ……」
と、東雲が考え込んだ所でタイムリーに透から電話がかかってきた。
「はいもしもし………ああ、今、一緒にいるよ………いや、ちょっとしたアクシデントがあってね………そう、もう大丈夫だから………それは聞いたけど………え、数学って………ああ、先週の? とっくに提出期限がすぎてるじゃないか………当然だろう。というか、君まだ出してなかったのかい………覚えているわけないだろう………なんで私が………別に全部正解じゃなくたって、やってあればいいんだから………そういうことだね………そんなこと言ったって仕方ないじゃないか………まあ、健闘を祈っているよ………え、なんで………別にそれは構わないけど………はいはい」
聞こえてくる東雲の言葉から、透が何と言ってるのかどういう状況なのか、部外者の蕾ですら容易に想像がつく。もはや自分には関係ないだろうとばかりに深々とタバコを吸っていた蕾に、東雲が受話器を渡してくる。
「どうしても君と話したいって」
「オレ?」
蕾に言ったってどうにもならないだろうに、それとも殊勝にも蕾に無駄足を踏ませてしまったことへの詫びでも言うつもりだろうか。
しかし、受話器から聞こえてきた透の声は蕾の予想とかけ離れていた。
「なあ、蕾ぃ〜。 おまえ、東雲をウチに連れてきてくんねぇ?」
「あぁ? なんでオレが」
「だってノートは提出しちゃったっつーしさー、東雲に聞かないとマジ無理なんだって」
「知るか、自業自得だろう。 自分でやれ」
「なんだよ、おまえまでそんな冷たいこと言うなよ〜、オレたちマブダチじゃんか、な? どうせ今からマンションに帰ってくんだろ? ついでにちょっと東雲を引っ張ってきてくりゃいいだけだからさ、な、頼む!」
一度はしぶしぶ頼みを聞いてやったのだ。それがダメだったからといって、これ以上透につきあってやる義務はない。
「断る。 オレは今日は帰らんからな」
いいかげん透の懇願を聞くのが面倒臭くなってきた蕾は、無造作に受話器を戻した。
「ええっ!? ちょっとまて、おいっ、つぼっ」
受話器を置く寸前に透の叫び声が聞こえたが、蕾は聞かなかったことにした。
「透、なんだって?」
「おまえをマンションに連れてこいと言うから断った」
だから蕾に替われと言ったのか。
蕾が断ってくれてよかった。東雲としても先ほどのゴタゴタもあって今日は疲れているし、間もなく日付が変わろうとしているこの時間から教えに行くのはさすがに遠慮したい。
「で、君はこれからどうするんだい」
さっき透に「帰らない」と言ってたから、ひょっとして東雲の部屋に泊まって行くつもりかと、期待を込めて聞いてみた。
が、やはりというかなんというか、東雲の期待はいつものごとくアッサリと裏切られる。
「どこかで適当にブラブラする」
「ここに泊まっていけばいいのに。 ちょうど今日は教授も英子さんも泊まりがけで出掛けてて、誰もいないから」
蕾は少し考えるようにしていたが、結局、そのまま何も言わずに窓へと近づいていった。
そうそう都合良く物事が運ぶわけはないかと内心で嘆息した東雲だったが、日頃の行いの賜(?)か、天が東雲の味方をした。
「雨」
窓を開けた蕾がそう呟いた。
ちょうど降り出した所だろうか。開いた窓からバラバラと屋根を叩く大粒の雨音が聞こえる。同時に部屋の中に濡れた木々の匂いと蒸した空気が入ってきた。
東雲も蕾の隣に並んでベランダの外を見てみる。
さっきまでは満天の星空が広がっていたのに、まさか雨が降るとは思わなかった。
もしや天の川の王子を落胆させてしまったこととなにか関係でもあるのだろうか。
まあ原因がなんにせよ、これぞ東雲にとっての恵みの雨だ。
「けっこう降っているね。 とりあえず止むまで居たら?」
「…仕方ないな」
ひさびさに書きましたが、久しぶりすぎてまだイマイチ調子が出ないです。まあ話自体も、のんびりまったりなカンジなので大目に見てください…^^;
「最強花」での蕾の衝撃発言のその後ということで、この話の東雲は自分の恋心をバッチリ自覚中w