はらり。
久々に天界に戻ってきて、平服に着替えようとした所で、何かが服から滑り落ちた。
咄嗟にそれが何か分からなかったのだが、床に落ちたもの手にとってみて、ようやく先日の出来事を思い出す。







東雲が円時山に修業に行ってすでに三年が過ぎていた。
相変わらず何かにつけて透の所に遊びに来ていた蕾に、透が「そうだ、こないだ昔の荷物の整理してたらすげー懐かしい物見つけてさー、おまえにも見せてやろうと思ってたんだ」と楽しそうに話し出した。
「懐かしい物?」と蕾が問うと、透は「ちょっと待ってろ」と言い置いて薬草摘みの作業を中断すると、傍らにおいてあった鞄から何かを取り出した。
「ジャーン、見ろよこれ」
効果音付きで透が取り出したのは一枚の写真。
写っているのは蕾と東雲だ。
蕾が制服姿の東雲の胸ぐらを掴んで、何か文句を言っている場面らしい。
「なんだコレは。 いつ撮ったのだ」
「んー、さあなぁ。 オレもよく覚えてねーんだけど、東雲が制服着てるから高校生やってた時だろ。 フィルムが余ったかなんかで適当に撮ったんじゃねえか」
写真を見て黙り込んでしまった蕾には気付かず、透は可笑しそうに続ける。
「おめーはちっとも変わってないけど、なんか東雲がスゲー笑ってて、若いな〜っ青春だな〜って感じじゃねぇ? って、おーい、蕾?」
反応のない蕾の様子にようやく気付いた透は、怪訝そうに蕾を呼んだ。
何度目かに呼ばれてようやく顔を上げた蕾の表情を見て、透は正直かなり驚いた。蕾にしては珍しく、心ここにあらずといった風情で、どこか戸惑っているようにも見える。
東雲が修業に行ってからも蕾の様子にはさほど変わった所はなかったので、天上人にとっては百年くらいはどうってことのない時間で、それほど気にしていないのかと思っていた。
だが、実は東雲の不在が思いのほかこたえているのかもしれない。
「……なんだ?」
「…あ、あのさ、よかったらおまえにやるよ、それ」
だが、透の心配とは裏腹に蕾はあっさりと写真を返してよこした。
「いや、いらん。 おまえが持ってろ」
「えー、でもさー…」
透としては、蕾が持ってた方がいいような気がするし、あんな真剣に写真を見ているくらいだから蕾だって本当は気になるのではないかと思うのだが、本人がいらないというものを無理に渡すのも気が引ける。
どうしたものかと思案していた透だが、ふと閃いてポンと手を打った。
「あ、じゃあさ、こういうのはどうだ。 この写真は東雲にやることにしようぜ。 んでも、百年後じゃオレは渡してやれないから、東雲が修業から帰ってきたらおまえがあいつに渡してくれよ。 それまではとりあえずおまえが預かっておくってことで。 そんならいーだろ? なっ」
「………」
そうして、答えあぐねている蕾の手にさっさと写真を押しつけると、これで話はおしまいとばかりに透は蕾に背を向けるようにして中断していた作業に戻ってしまった。







あの時は仕方ないから写真を適当にポケットに突っ込んでおいたのだが、その後も数日間下界に留まってあれやこれやと事件に首を突っ込んでいたため、すっかり忘れていた。
改めて、じっくりと写真に目を落とす。
東雲は、こんな顔で笑っていたのか。
写真を見て何よりも驚いたのは、東雲が蕾と居る時にこんな表情をしていたことと、自分がそれにまったく気付いていなかったこと。
こんな表情をしていれば、透たちにバレたのはさもありなん、とも思ってしまう。
よく思い出す東雲の表情といえば、取り澄ましたようなしたり顔や、当たり障りのない穏やかな微笑み、あるいは蕾を揶揄う時などにみせるイヤミったらしい含みのある笑顔などであるが、写っているのは、そのどれとも違っていた。
嬉しさが滲み出ているような、ごく自然な心からの笑み。
純粋な幸福感が伝わってくる。
不意に、なんともいえない感情がこみ上げてきた。
自分が知っていると思っているのは、彼のほんの一面にすぎなかったのだろうか。
互いのことなど何でも知っているつもりだったのに、案外、自分は東雲のことを見ていなかったのかもしれないという、なんとなく心細いような、足元が覚束ない、心がざわつく感じ。
それはひょっとすると、東雲の不在にくわえ昔の写真と不確かな記憶などが呼び起こした、懐かしさとか、寂しさとか、不安とか、そういった感情だったのかもしれないが、それを蕾が自覚するには、まだまだ経験値が足りないようだ。
今までだったらこの居心地の悪さを解消するべく、すぐにでも神扇山に向かって東雲に八つ当たりしてくる所だが、いかんせん、今回は百年先まで待たなくてはならない。
そこまで考えた所で蕾は、チッと忌々しげに舌打ちをした。
帰ってきたら、とりあえず文句を言ってやる。
何に対して文句を言うのかはよくわかならいが、とにかくなんだかムカつく。
全部、東雲のせいだ。
あいつが居ないのが悪い。
そうして、この腹立たしさを忘れないようにと、その写真はすぐに目につく所、よく使う引き出しの一番上に置いておく事にしたのだが、しばらくすると、案に相違して、見るたびになんだか微妙な心持ちになってしまうため、いつしか、滅多に開けることのない引き出しの一番奥にしまわれることとなってしまった。







やがて、さらに数年後、蕾がすっかりその存在を忘れてしまっていた頃、ふとした拍子にその写真を見つけた。
はじめの頃のように腹が立ったり心がざわつくということはなかったが、代わりに感じたのは、心がほんのりと温かくなるような、気持ちが満ち足りていくような、そんな優しく穏やかな感情。
しかも見ているうちに、写真の東雲につられたわけでもないだろうが、思わずクスっと笑みが零れる。
まあ、魔除けくらいにはなるのかもな、そう独りごちて蕾は再び写真をしまった。
しかしそれからというもの、ごくたまにだが、特にこれと言った理由もなくなんとなく写真を取り出して眺めてみるようになった。
東雲が修業に行く前に蕾が告げた言葉――――オレの中のおまえでなくては埋まらない場所。
写真を見ていると、自分の中にあるその場所をハッキリと意識させられるような気がする。
まあ、まったく忘れられたままでは風通しも悪くなるだろうし、たまには思い出してやるのもいいだろう。今頃は修業でさんざん苦労しているのだろうから、せめて、早く終わるように心の中で応援くらいはしてやるか。
そして、そんな風に東雲を思い出した夜は、不思議といい気分になってよく眠れた。







そして現在。
蕾のひそかな応援の甲斐もあってか、結局、八年という驚異的な早さで東雲が帰ってくることとなり、蕾が写真を見ることもすっかりなくなってしまった。
だが――。
今でもその写真は、蕾の部屋の引き出しの奥に、ひっそりと眠っているようである。
今度こそEND♪
というわけで、蕾にも東雲の写真を持っていて欲しいな〜という願望&妄想です。
蕾と東雲の直接のからみがないので、っていうか東雲が出てこないので、あくまでもオマケということで(^^;)