「ああ、東皇使さま。 申し訳ありませんが、蕾さまをご存じありませんか?」
学校帰りの東雲を呼び止めたのは、妙香花仙・薫。
天界華恭苑において役職の上では錦花仙帝に次ぐ高位にあたる主冠大仙であり、その優雅でたおやかな佇まいは全ての花仙の憧れであるとまで言われる花の中の花。
にも関わらず、今日も喧噪と排ガスにまみれた俗界でオロオロと蕾を探し回っていたらしい。
「おや薫どの。 いえ、今日は一度も見かけていませんが……。 何かあったのですか?」
「錦花仙帝さまからお呼び出しがあったのです。 何が何でも蕾さまを天界にお連れするようにと。 おそらく先日、儀式にいらっしゃらなかったことでお咎めがあるのだと思いますが……」
「なるほど、それで逃げ回っているわけですね。 分かりました、私も一緒に探しましょう」
東雲の言葉に薫はホッとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます、東皇使さまにご一緒していただけると心強いです。 昔から東皇使さまは蕾さまを見つけるのがお早くて…。 東皇使さまはいつも蕾さまをどのように見つけられているのでしょうか?」
「え…その、どのようにと言われましても……おそらくただの偶然で、私はこれといって…」
突然の質問に東雲は若干引きつったような笑顔を浮かべ、言葉を濁した。
薫の嗅覚は天界一だ。だが下界、特に都会の周辺では大気が汚染されている上、雑多な香りが多すぎてなかなか香りを辿れないらしい。加えて、蕾が喫煙しているためタバコの煙で花気が散らされ、他の香りと混ざり合ってしまうのだ。
周囲に花や緑が多ければ花精や樹精に聞くこともできるのだが、町中ではそれも難しい。必然的に、ゲームセンターや繁華街周辺を歩いて、通行人に訪ねて回るしかなくなる。これは相当に効率が悪い。
東雲が蕾を見つけられるのは花気を辿っているわけではなく、長年培った経験と勘の為せる技なのだが、それはおそらく東雲以外にはできないだろう。理屈ではなく、なんとなく蕾が居そうな所が分かるのだ。明確な根拠があるわけではないので、東雲自身、どうやって見つけているのかと聞かれても、言葉でうまく説明する自信はない。
結局、“なんとなく”東雲の勘で隣町まで捜索範囲を広げたところで、ようやく路地裏で日本酒を抱えクダを巻いていた蕾を見つけることができた。
「げッ、東雲!? おまえが何故こんな所に」
「薫どののお手伝いで君を捜していたのだよ。 それにしても随分遠くまで逃げ回っていたものだね」
東雲がそう言ったところで、遅れてついてきていた薫がフラフラと現れた。
「ああ蕾さま、こんな所に……ありがとうございます、東皇使さま」
「なんだなんだ、おまえらっ。 揃いも揃って」
「蕾さま、錦花仙帝さまからのお呼び出しです。 今日こそは天界に戻っていただかないと」
ヤなこった、とばかりに踵を返して逃げようとした蕾だったが、蕾の行動を読んでいた東雲がすでに反対側に回り込んで逃げ道を塞いでいた。
「というわけで、大人しく天界に戻って叱られておいで」
「………〜〜〜〜」
蕾はしばらくの間、東雲を悔しげに睨みつけていたが、やがて観念したのか「東雲キサマ、覚えてろよッ」という捨て台詞と共に天界へと戻っていった。
まったく……。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら地上を後にする二人を見ながら(もっとも騒いでいるのは蕾一人だが)、東雲は溜め息をつく。
これでは薫も苦労が絶えないだろう。どうせ蕾を心配するなら近くにいた方が少しは気が楽だという気持ちも東雲には充分すぎるほど分かるのだが…。
穢れに極端に弱い花仙が俗界に留まっているというだけでも大変なのだ。東雲が近くにいるのでたいていの不調には対処できるが、万が一、妙香花仙が下界で穢れにあたって衰弱したり体調を大きく崩すことにでもなったら、花仙を守るべき御大花将の落ち度として蕾に何らかの処分が課せられることにもなりかねない。
蕾を大人しく天界に戻らせるのは無理だとしても、薫が蕾を捕獲するためになんとかもう少しいい方法はないものだろうか。
そんなことを考えながら、東雲は一人帰路についた。







数日後、高陽高校の昼休み。
天気がいいので、東雲は一人屋外のベンチで本を読んでいた。
そこへ。
「おーい、東雲、東雲ー」
よく知った声に名前を呼ばれて顔を上げた瞬間、カシャッというシャッター音がした。
見ると、使い捨てカメラを構えた透がいる。
「よし、ナイスショット!」
「何だね、一体」
「いや〜、知り合いの女の子におまえを紹介してくれって頼まれてさ。 東雲は誰とも付き合う気なさそうだぞって断ったんだけど、だったら写真だけでもいいからどうしても欲しいって言われちゃって。 写真くらいならいいだろ?」
「別に構わないけど…」
「おっしゃー、そうこなくっちゃ。 んじゃ、もう何枚か撮らせてくれよ。 よく撮れたのがあったら、お礼に友達紹介してくれるって約束なんだ」
やはりそのパターンなのか。東雲はヤレヤレと溜め息をつく。
「……私の写真は君のナンパ道具の一つというわけかい」
「まーまー、別に悪用したりしないって。 想いがかなわなくても写真持ってるだけでいいなんて、いじらしいじゃんか。 オレだったら迷わず付き合っちゃうね」
悪びれることなくそんなことを言う透のペースに流されて、仕方ないなあと苦笑した東雲だったが、その時、不意にあることを思いついた。
「そうだ。 ではその代わりに、私の頼みも聞いてくれるかい」
「頼み?」
「なに、簡単なことだよ。 薫どのが蕾を探す時に使えるように、蕾の写真を撮っておきたいんだ」
「なるほど写真か〜そりゃいい案だな。 いいぜ、家で撮って薫さんに渡しといてやるよ」
「あ、いや、それについてちょっと相談が……」
そう言って東雲は思いついたばかりのある提案をしてみた。すると、それを聞いた透はいい弱みを握ったとばかりにニヤリと笑って、さらなる取り引きを持ちかけてきた。
「いやぁそこまでやるなら、オレももうちょっとメリットが欲しいかなあ〜」
東雲もあらかじめそう言われると予想していたのだろう、さらに新たな条件を提示する。
「では、今日の宿題でどうかね」
「よし乗った!」
こうして密やかな取り引きが成立し、二人は共犯者の笑みを交わし合った。
放課後、さっそく東雲は透と一緒にマンションへ向かった。
薫はまだ天界から戻っていない。
蕾は運良く居るには居たが、虫の居所はかなり悪そうだった。天界でかなりしぼられてきたのだろう。東雲の顔を見るなり、露骨にイヤそうな顔をする。
「何をしにきた。 おまえを呼んだ覚えはない」
「今日は透の宿題を手伝いにきたのだよ。 母上に叱られてふてくされている君のお相手ができなくて実に残念だ」
「ウルサイっ! だいたい誰のせいだと思っているのだっ」
「私はただ傍若無人で我が儘な花将どのに振り回されて困っている薫どのを放っておけなかっただけだよ。 薫どのの助けになったという意味では君に感謝されてもイイくらいだと思うのだがね」
「ぬぁんだと〜、キサマ!」
蕾が東雲の胸ぐらに掴みかかって馬乗りになるが、東雲も慣れたもので、半分押し倒されながら平気な顔で蕾をあしらっている。
「まあまあ、一人で部屋で待ってるのが寂しかったからってそう拗ねないで」
「誰がだっ」
そんないつも通りのやり取りを続ける二人の傍らで、透はおもむろに鞄からカメラを取り出すと二人に向けてシャッターを切った。
「?」
音に反応して蕾が怪訝な顔で振り向いた所を、もう一枚パチリ。
「なんの真似だ?」
「いや、ちょっとフィルムが余っちゃっててさ〜。 早く使い切って現像に出したいから協力してくれよ」
「要は写真を撮りたいと言うことか?」
カメラやフィルムの仕組みなどにはまったく興味のない蕾は、いまいち話の意味がわかっっていないような顔をしていたが、たいしたことではないと思ったのだろう、特に文句をつけることはなかった。
「そーそー。 よし、もう一枚な、東雲も蕾もこっち向いて、はいチーズ!」
写真に撮られ慣れていない蕾は、戸惑ったように固まっている。そのスキを逃さず、東雲は蕾に気付かれないようシャッターが下りる瞬間、さり気なく蕾の方に身体を寄せた。
カシャッ。
「よーし、せっかくだからオレと蕾も撮ろうぜ! 東雲、撮ってくれよ」
そう言って、蕾の肩をグッと抱き寄せピースサインをする透。これで蕾に逃げられることがないのだから、東雲からすると実に羨ましい限りである。一方の蕾は相変わらずの仏頂面だ。
「はい撮るよー。 蕾、もう少し笑って」
「可笑しくもないのに笑えるか」
実に蕾らしい答えに東雲の方が苦笑しながら、シャッターを押す。
「オッケー、撮れたよ」
「おーサンキュ♪」
そして、硬直が解けて蕾の表情が素に戻ったその瞬間。
カシャッ
「なんだ?」
「ん? あれ、間違ってどこか押してしまったのかな。 あ、でもちょうどフィルムが終わったようだね。 はい透」
「よし、これで明日には現像に出せるな。 できあがったらおまえらにもヤるよ」
「オレは別にいらんぞ」
予想通りの蕾の答えに東雲は内心ホッとしながら(たぶん写真を見られたら色々と怒られるだろう)、ようやく本日の訪問の建前、兼、取り引き材料の一つでもある宿題に取りかかることにする。
「さて、ではさっく宿題を片付けてしまおうか」







後日。
下界に戻ってきた薫には、蕾捜索の秘密兵器として、透が撮った蕾の仏頂面の写真を渡してやった。
「まあ、写真とはスゴイものですね。 これがあれば確かにずいぶんと蕾さまを探しやすくなるでしょう。 本当にありがとうございます、東皇使さま、透さま」
「いえいえ、どういたしまして」
「もし写真が無くなったら、また焼き増しするから、いつでも言ってよ。 あ、蕾には内緒で」
そして。
透との取り引き通り、東雲と蕾のツーショット写真は東雲の手に渡り、さらに最後に東雲が撮った蕾の写真も東雲が貰った。もちろんネガごとである。
ツーショットの方の蕾はかなり堅い表情だったが、最後の一枚は実によく撮れていた。
蕾がフッと真顔になった一瞬の、意地や気負いのない自然で無垢な表情。凛として、しかも、どこかあどけなく真っ直ぐで。圧倒的な華やぎと極上の艶をその内に秘めつつも、ひたすらに時季を待ちひっそりと佇む、そんな花の蕾そのものだ。
写真だと分かっていても、真摯な眼差しに心の内実まで見られているような気がして、東雲は写真から目が離せなくなってしまう。
“想いがかなわなくても写真持ってるだけでいいなんていじらしいじゃんか”とは透が件の女性を評して言った言葉だが、我ながら実にいじらしい。東皇使たる自分がこんなことでいいのかと思わないこともないが、まあ、それはそれ。
写真一枚でこんなにも充足感を得られるのだから、精神安定剤代わりとしてはお安いものだろう。
一方の透は、というと。
宿題のほとんどを東雲にやってもらい、女の子に渡すための東雲の写真もたっぷり撮ることができて、万事うまく事が運んだ。
と言いたい所なのだが……。
「う〜ん」
透は、ある一枚の写真を前に腕を組んで悩みながら、ブツブツと呟いている。
「東雲の表情はこれがなんてったって断トツにイイと思うんだけどな……でも、これって女の子にやるワケにはいかねーよなぁ。 あー、どうすっかな〜、こんないい笑顔の写真なんて普段だったら撮れねーぞ、絶対」
それは、透のマンションで最初に撮った一枚。
東雲に掴みかかる蕾の横顔と、胸ぐらを掴まれながらもこの上なく幸せそうな東雲の笑顔が収まっている。いつもの人当たりの良さそうな微笑みとは違い、自然でイヤミのない心からの無邪気な笑顔だ。
「でもこの状況で満面の笑顔ってなんかアブナイヤツみたいだし……蕾も一見美少女っぽく見えなくもないから、これじゃまるで痴話ゲンカの現場みてえだよなぁ〜。 まあ実際アイツらいつもそんな感じだけど……はぁ、せめて蕾が写ってなければなあ……いや、でも、こんなニヤけきった顔の東雲を見たら、逆に女の子は引くかもしんねーし、やっぱやめといた方がいいか。 そうだな、うん、これはナシだ」
そうしてその写真は、今度また東雲になにか無茶なことを頼む時の賄賂にでもするかと、引き出しの奥底に封印されることになったのである。
今後、その写真が東雲のものになるのか、あるいは結局透が持ったままになるのか、それとも引き出しの中で忘れられてしまうのか、はたまた別の誰かの手に渡ることになるのか……。
それはまた、別の話ということで。
とりあえずEND!
「純愛迷走V」で蕾を探す薫が蕾の写真を持っていて「いつ誰が撮ったんだろう」と思っていたんですが、まあおそらく東雲&透だろうということでこんな話にしてみました。
時期的には本編の割と初期のイメージでしょうか。当時高校生の透が使うのはデジカメやカメラ付き携帯じゃなくてまだたぶん使い捨てカメラだったハズ。そこまで昔じゃない気もしますが、フィルムを使い切るとか現像に出すとかいう表現がかなり懐かしかったです^^;
この話にはその後のちょっとしたオマケ話がありますので、よろしければドゾ〜