取り急ぎ透をマンションへと運んでベッドに寝かせ、手際よく治療する東雲を、蕾と薫が固唾を飲んで見守っていた。
数十分後、東雲が大きく息を吐いた。
「……穢毒は全て祓ったから、これで大丈夫だろう」
その言葉に、傍らの二人もホッと胸をなで下ろす。
「透様がご無事で本当にようございました」
「薫、おまえはもう休め。 あとはオレと東雲でみてる」
もう既に11時を回ろうかという時間だ。普段、9時前には床につく薫にはかなり辛いだろう。
「そうですか…では、お言葉に甘えて……。 おやすみなさいませ」
「おやすみなさい、薫どの」
東雲は微笑を浮かべて、蕾は黙ったまま手をあげて、薫がフラフラしながら寝室に行くのを見送った。

二人きりになると、静寂が訪れる。
透の穏やかな寝息と時計の秒針の音だけが、がらんとした部屋にやけに響いている。
いつもは、こんなふうに沈黙が続いても、それは互いの存在が空気のように自然に感じられる、遠慮のいらない心地よいものだ。
だが、今は違う。
蕾は、手持ち無沙汰に手近な雑誌をめくってみるが、全く頭に入らない。
身じろぎもしない東雲の様子を横目で窺うと、じっと座ったまま深く物思いに沈んでいる。透の治療をしていた時には気付かなかったが、かなり顔色も悪い。
紅士と藍士と共に畏界へ行って透を救出したのだと東雲自身が言っていたが、その経緯や詳細が全くわからない。
勅典左月朶はどうなったのだろう。
しかし、東雲のいつにない様子を見ていると、何があったかと根掘り葉掘り聞くのも憚られる。かといって、何も事情が分からないでは、黙っているにも限界がある。
いいかげん息が詰まりそうになった蕾は、当たり障りなく、とりあえず目の前の話題を振ってみた。
「透はいつ目を覚ますのだ」
東雲は、今の今までその存在を忘れていたかのように蕾を見て、それからやっと質問されたことを理解したようだ。
「…ああ、一応、眠り薬も処方したから明日の朝かな……でも…」
「何だ?」
「さすがにかなり弱っているから、ホントは聖水でもあるといいのだけど」
「芙蓉門のでも良いなら、すぐに取ってくるぞ」
「え…今からかい? そんなに急がなくても明日でも大丈夫だよ」
「どうせヒマだしな。 ついでに藍軍の様子を見てくる」
「そうかね…ではお願いするよ。 気をつけて」
「ああ」
とりあえずこの気詰まりな状態から抜けだせることにホッとして、蕾はすぐに部屋を飛び出した。



芙蓉門は深夜でも、藍軍の夜番が常駐している。
蕾は、一通り警備状況を見て回り異常がないのを確認したあと、近くにいた花士に尋ねた。
「藍士はもう休んでいるのか」
「いえ、まだだと思います。 すぐにお呼びいたします」
「上将、いかがされました」
ほどなくして、部下に連れられた藍影将軍が姿を見せた。蕾が親指でくいっと人気のない場所を示してそちらへ向かうと、藍士も後に続く。
「おまえに、ちと尋ねたいことがある」
「東皇使さまのことですか」
その言葉に、蕾は目を見開いた。
「何故そう思った」
「某(それがし)も気になっていたものですから。 あの後、東皇使さまはお一人で戻られてしまいましたので…」
「順を追って詳しく話せ」
そして蕾は、事の顛末を知った。
「東皇使さまのお嘆きようは、それはもう悲痛なほどで……我々も、どのようにお声をお掛けしてよいものかわからず、少し離れた所に待機しておりました。 しばらくすると、あとは自分で透どのを運ぶからもう大丈夫だとおっしゃって、すぐに飛んでいってしまわれたので……後を追うわけにもいかず気を揉んでおりましたが…」
「そうか…」
感情の制御が上手く、目下の者には決して弱い所など見せないような東雲が、紅士と藍士が近くにいるにもかかわらず泣き崩れていたなどとは、にわかには信じがたい話だ。東雲のそんな姿は蕾だって見たことがない。が、ほかならぬ藍士が言っているのだから、本当なのだろう。
東雲にとっての勅典左は、蕾にとっての薫のような存在だ。絆の深さは余人には計りしれまい。
「委細あいわかった。 大儀であったな」
そして、本来の目的であった聖水を水仙に分けてもらって、再び夜空へ舞い上がった。



透のマンションに戻り窓の外から部屋の様子を見てみると、東雲は蕾が出て行った時とほぼ同じ姿勢のまま座っていた。その目は床の一点を見つめているが、視界には何も映っていないのだろう。
蕾が窓を開けて入っていくと、ようやくのろのろと顔を上げた。やつれた顔をしていて、どんよりとした目には生気が感じられない。先ほどよりも憔悴が酷くなっているようだ。
「おかえり。 …早かったね」
早いどころか、藍士と話し込んでいたため、相当の時間がかかっているはずだ。時間の感覚もないのだろう。一応、会話ができるだけマシという状態だ。
蕾は聖水の瓶を東雲に渡しながら口を開いた。
「透は、ずっと見ていなければならないのか?」
「…いや、もう朝まで起きないだろうから、君も寝てていいよ」
「おまえはどうするのだ」
「今から帰るには遅いから、私もここで寝ることにするよ」
「そうか。 なら、少し出掛けても大丈夫だな」
「それは構わないけど……またどこかへ行くのかい」
「おまえも行くんだ」
「え?」
「いいから来い」
蕾は東雲の手をとると、無理矢理立たせて窓から外へ押し出した。
「ちょ、ちょっと、蕾?」
「こっちだ」
放っておくと東雲が墜落しそうなので、彼の手をしっかりと掴んで夜空の中を引っ張っていく。
「誘獄酒」で見せた東雲の涙。
東雲が、蕾や第九皇子のこと以外でこんなにもなりふり構わない感じになるのかという、切なくも印象的なシーンでした。
東雲の泣き顔がとても綺麗だったので、ぜひ蕾にも見てほしいなあという妄想です。
本来は真夏のお話ですが、せっかくこの時期にアップできたのでタイトルの読みだけでもイブに便乗〜v