雪華空
〜 せっかぞら 〜





 本当は蕾だってもちろん分かっている。
 今回、うまく物事が運んだのは東雲のおかげだったと。
 だから一応ちゃんと感謝もしている……心の中で、だけだが。

 だが、それはある程度仕方がないことではないかと思う。
 なぜなら蕾が働きかけようと思う矢先に、必ず、当の東雲に機先を削がれてしまうからだ。
 その場では、感謝なんかするものかと言ってしまうのだが、逆に、ここまでタイミングが悪いと、東雲が分かっていてワザと面白がって邪魔をしているのではないだろうかと、疑惑も芽生えてくる。
 そうなると今度は、負けず嫌いの御大花将としては、なんとしても借りを返してやる、という意地が芽生えてくるというものである。







 クリスマスもとっくに過ぎ、年も明けて随分たった頃。
 その日、たまたまひと気のない公園で東雲と二人になった。

 ようやく借りを返す絶好の機会を得た蕾は、今度こそ、と意を決して口を開く。
「……もし、もしもの話だが、仮にオレがこないだの礼をしてやると言ったとしたら……おまえは何か欲しいモノがあるのか」

 その言葉に東雲は目を丸くしながらも、そっぽを向いている蕾の様子に悪戯っぽく微笑んだ。
「こないだって、あの宵恍姫の時の事かね。 おや、君が私に何かお礼をしてくれるのかい?」
 お礼をしたい気持ちがあるのに、東雲に対してはどうしても素直になれない蕾を揶揄うのが、東雲にとってはこの上ない愉しみだ。
「…っう、うるさい! 仮に、と言ってるだろうが。 別にただ聞いてみただけだ」

「……そうだね、形ある物ではないけれど、欲しいと思っているものはあるよ」
 東雲が少し改まって言うと、蕾も興味を引かれたのか東雲に向き直った。
「物ではない? では何だ」
「でも君に言っても、君が叶えるのは無理だと思うけどなあ」
「何だと? そんなこと言ってみなければわからんだろうが。 いいからとりあえず言え」

 蕾はすっかり東雲のペースに乗せられている。仮の話だと自分であれほど念をおしていたクセに、いつの間にか、東雲の願いを叶える前提で話が進んでいることに気付いていない。

「じゃあ教えてもいいけど……うーん、でも、ちょっと恥ずかしいからなあ。 こっちにきて耳を貸して」

 東雲に恥ずかしいなんて殊勝な感情があるとは思えないし、周りには誰もいないのだからその必要はない気もするが、仕方がないから聞くだけ聞いてやろうと、蕾は手招きする東雲に近寄り大人しく耳を貸してやった。
 そんな蕾の耳元に口を寄せた東雲は、わざと息を大きく吹きかけながら話しかけた。
「はぁ……実はねぇ…ふぅ……」
「ちょ…っおい、くすぐったいっ、いいから早くしろ!」
 耳に東雲の吐息が当たった蕾は、首をすくめ顔を赤くしている。意外と耳が感じやすいんだな、などと新たな発見にほくそ笑みながら、東雲はその愛らしい耳にそっと囁いた。

「…………………………」

「?……なっ………っっ!?」
 
 何か予想外のとんでもないことを聞いた気がする。
 蕾は思わず耳を押さえてその場を飛び退ると、呆然と東雲を見返した。
 と、東雲はいつものように満面の笑みを浮かべて、ニコニコと蕾を見ている。
 その様子に、ようやく蕾も、東雲に揶揄われたのだと気が付いた。

「きっ…キサマぁッ! ふざけるなっっ。 オレがせっかく真面目にっ」
「あれ? 真面目にお礼してくれるつもりだった?」
「ち、違っ……っ〜〜〜もういいッ。 金輪際キサマの世話にはならんからなっ!」
 結局、思いっきり拳骨を喰らい、いつも通りになってしまった。我ながらしょうもないと思うのだが、東雲にとっては、蕾とのこうしたじゃれ合いが何より楽しいのだから仕方がない。

 しばらくそうしていて、ふと、周りの空気が変わったのに気付いた。何だろうと東雲が見回すと、相変わらずひと気のない公園にはいつの間にか雪がちらついている。
「あれ……雪?」
 蕾も気付いて空を見上げた。
 だが、上空には色味の薄い冬の晴れ間が広がっているだけで、風は強いが雪雲は見あたらない。
「風花か」
 晴れた日に風に乗ってどこからともなく飛んでくる雪。
 花ではないが、風に舞い散る小雪の様子が花びらに見えることから名付けられたという。

 風の花とは、まるで蕾のようだ。そういえば雪の別名を六花というし、雪と花とは元々同じものなのかもしれないな……。
 東雲がそんなことを考えながら空をぼんやり眺めていると、蕾がいきなり東雲の手首を掴んだ。
「蕾?」
「手を開いて上に向けろ」
「は??」
「いいから早く」
 よくわからないが言われるままに東雲が手を開くと、掌にいくつか雪片が落ちてきた。
 小さな結晶は掌の上であっという間に溶けてしまったが、それを見た蕾は満足そうに、「よし、それをおまえにやろう」と言い放った。
「え…君、何言って……だいたいやるって言ったって、別に君が降らせた訳じゃないじゃないか」
「ごちゃごちゃウルサイ。 風花も六花も、花と名がつくからにはオレの管轄だ。 だからおまえにやる」
「………」

 東雲は絶句してしまったが、決して理解できなかったわけでも、呆れたわけでもない。
 その逆だ。
 嬉しい。
 しかもものすごく。
 なんだろうこれは、どうしよう。
 まさか、蕾からこんなプレゼントが貰えるなんて。
 そのこと自体も驚きだが、さらに東雲を驚かせたのは、たったそれだけのことなのに、どう反応すればいいいのか分からないほどにテンションが上がってしまっている自分自信の気持ちだ。 

 動揺がなかなか収まらなかった東雲だが、蕾に不審がられる前に、なんとか表面だけは取り繕って笑顔を浮かべた……若干、ぎこちなさは残っていたが、蕾も明後日の方を向いているから気付かれることはないだろう。

「……では、君からのプレゼントとしてありがたく頂くことにするよ。 ふふふ、どうもありがとう」
「フン、じゃあな」
 そう言うと、蕾は雪にも東雲にも興味を失ったように、あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。







 誰もいなくなった公園で、伸ばしたままの東雲の掌に幾片もの風花が降り落ちる。

 ”身を焦がすように切なく、だけど、蕩けるように幸せな恋のできる相手が欲しい――――

 先刻、戯れに蕾に囁いた言葉。
 その言葉に紛れもない真実が含まれているのだなどと、まだ、知るよしもなく。
 それがそう遠くない未来に冗談ではなくなることなど、ほとんど自覚することなく。

 東雲は一人、いつまでも、愛おしそうに風に舞う淡雪を眺めてた。





 〜 fin 〜





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星屑草の後日談です。
ラストの「ホントはそー思っていたとこだったのにー」という蕾の心の声から、ちょっと東雲の幸せを妄想してみました。下界で再会したばかりの頃、まだ東雲自身の想いもハッキリしてない感じのイメージです。


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