春宵宴
〜 しゅんしょうえん 〜



 とある土曜の深夜。
 繁華街のゲーセンで、こんな会話が聞こえてきた。

「なあ、明日さ、花見に行かねぇ?」

 話しているのはこの界隈でよく見かけるような、ごく一般的な不良高校生。ゲームに飽きたのか、缶ビール片手に隣の人物に話しかけている。

「別にかまわんが、何の花だ?」

 一方、若干ピントのずれた答えを返したのは、せいぜい中学生くらいの少年。一見、少女かと見まごうような可憐な容姿だが、斜に構えて慣れた手付きでタバコをふかしている様子は、存外この場に馴染んでいる。

「へ?」
「今は春だからいろいろと咲いているだろう」
「ぶははっ、ちげーよ、なんだよ蕾おまえ、花見しらねーのか。 花見っつったら桜だよ、桜。 満開の桜の下で飲んだり喰ったりして、春を満喫しようっていうヤツだ」
「ほう、下界にもそんな行事があるのか」
「行事ってゆーか……まあ、そんなもんだな。 な、いいだろ? 薫さんとか東雲も誘ってさ」
「あいつらなら明日は天界の用事でいないぞ」
「え、マジ? なんでおまえはいるんだよ」
「なんだ、いるのが悪いみたいではないか」
「だってどーせサボりだろ? あんまり薫さん泣かすなよ」
「別にたいした用ではないから構わんのだ」
「ちぇっ、なんだよ〜、この土日が最後の花見のチャンスだってテレビで言ってたのに」
「オレと二人ではだめなのか」
「ダメっつーことはないけど、やっぱさ、宴会とかは大人数の方が楽しいじゃん?」
「夕姫を誘えばいいだろう」
「夕姫とは先週見に行ったし、その後また体調崩したって言ってたからな……まあいっか。じゃあ、おまえと二人で花見酒だな」


    


 そして翌日。
 結局、昼間は大混雑だろうからということで、夕方になってから出掛けることにした。桜の名所として知られるその公園はちょうど桜まつりの期間中で、夜間も煌々とライトアップされているし、あちこちに夜店も出ている。だが、日曜の夜ということもあって、混みすぎず寂しすぎずちょうどいい感じの人出だった。

 適当な桜の下に陣取って、さっそく二人で酒盛りを始める。
 桜はすでに盛りを過ぎた感もあるが、最後の見せ場とばかりに見事に咲き誇っていた。時折、強い風が吹くと視界一面に花吹雪が舞って、それがまた何ともいえない風情を醸し出す。

「そーいや、天界の用事って何だったんだ? なんかの儀式?」
「いや、春宵の宴と言って、まあ花見と似たようなものだがな。 ただ一応、春の恵みに感謝するという名目だから、東皇使を華恭苑に招いて、花仙たちが楽や舞を披露してもてなさなければならないという、実にくだらん宴だ」
「なんだそれ、スゲーじゃん。 じゃあ今頃、東雲はキレーな花の精たちにアレコレもてなされてイイ思いをしてるわけか」
「別に東雲がスゴイわけではない」
 ふてくされたように言う蕾に、透は訳知り顔でニヤニヤしている。
「んでおまえは、東雲をもてなすのも、東雲がチヤホヤされてんのを見るのもイヤなもんだからサボってるわけだ」
「違っ…! 別にオレはっ」
「まあまあ、いーじゃん。 おまえはオレがもてなしてやっからよ。 こっちはこっちで楽しくやろうぜ、な」
 若干誤解されている感もあるが、その後も二人でたわいもない話をしたり、隣の集団に乱入して飲み比べをしたりと、なんだかんだで花見を満喫していた。

 やがて、透は「ちょっと酔ったから寝るわ。 帰るとき起こせよな〜」と言うなりゴロンと横になってしまった。調子に乗っていささか飲み過ぎたのだろう。あっという間にイビキをかいている。
 蕾はまだまだ心地良いくらいの酔い加減だったので構わず一人で飲んでいたのだが、ふと周りを見回すと、だいぶ人が減ってきている。先程まで一緒に騒いでいた隣の集団も帰ったし、あちこちで帰り支度が始まっているようだ。
 夜店も次第に店仕舞しているようなので、もう少し酒を買っておこうかと考えているうちに、突然、辺りが一斉に暗くなった。なるほど、ライトアップは10時までで、それに合わせてほとんどの人が帰路につこうということだったのか。
 まあ、公園自体が閉まるわけではないし、月が出ているので灯りが無くても充分に夜桜を楽しめる。透の酒気が抜けて目を覚ますまで、もう少しここに居ても構わないだろう。
 そうして、先程までの喧噪とは打って変わって人気のなくなった公園で、花精たちの優雅の舞いをぼんやりと眺めながら、蕾は一人、穏やかな心地で盃を重ねていた。


 しばらくして、ふと、空気が変わるのを感じた。
 うんざりするほど見知った、春の宰主の気配。
 春の気が満ちているこの時期は、相当離れていても、彼がいるだけで辺り一帯の春気が濃くなる。春の花たちはそれを感じ取ることで、自然と花気が高まっていくのだ。
 人が気持ちよく飲んでいるときに、なんでわざわざ現れるんだ。
 どうせ蕾が宴に出なかったことで、イヤミの一つも言いに来たのだろう。顔を合わせる前に帰ろうかと思ったが、透を起こさなくてはならないし、きっともう見つかっているのだろうから諦めた。仕方なく、素知らぬ顔で酒を飲み続ける。

 案の定、数分とたたず背後から落ち着いた声がした。
「ああ、見事な散り様だ。 儚く散るのが俗界の花の定めとはいえ、やはり桜は格別だね。 この清々しいほどの潔さがあるからこそ、つかの間に花開く姿がより美しく感じられるのだろうね」

「……なぜおまえが下界にいる」
「君に言われる筋合いはないと思うけど。 私はちゃんと努めを果たして、宴に出席してきたのだから」
「おまえは主役なのだから当然だろうが。 そうではなくて、なんでわざわざここに来たのかと聞いている」
「いやあ、せっかく年に一度の宴なのに、花の皇子どのはご気分がすぐれず今年もご欠席だというから。 ちょっとした手土産を持ってきてあげたのだよ」
 しれっとそんなことを言う東雲に、蕾は怪訝な顔をする。
「手土産?」
「はい、これ」と東雲が取り出したのは酒瓶だ。
「おまえ、これ…」
 その特徴ある瓶を見て蕾は目を丸くした。
 それは春の小蓬莱に咲く花だけで作った特製の蜜酒で、宴で東皇使に供される最高級の酒ではないか。
「今年は特に出来が良いらしいから、ぜひ君も一献どうかと思って、わざわざ余分に貰ってきたんだ」
 貴重な酒なので滅多なことで飲めるものではない。蕾は何度か保管庫に忍び込んで味見程度はしたことがあるが、特製というだけあって味は極上だった覚えがある。
「……おまえにしては、珍しく気が利いているではないか。 よかろう、オレがありがたく飲んでやる」
 さすがに東雲は蕾のツボをよく心得ている。すっかり機嫌が直った蕾は、早く飲ませろとばかりに東雲に盃を差し出してきた。
 東雲は現金な蕾に苦笑しながらも、彼の盃になみなみと注いでやる。

 それから東雲も蕾の隣に腰を下ろし、散りゆく桜を眺めながら、言葉少なに酒を酌み交わした。
 東雲にとっては天界のどんな華やかな宴よりも、こうして蕾と二人きりでいることこそが何よりのもてなしだ(蕾の向こうで寝息をたてている透は人数にカウントされないらしい)。
 蕾も蕾で、たまに東雲とこういう時間を過ごすのが実はけっこう嫌いではない。傍らに美味い酒があればなおさらだ。

「よし」
 興が乗ってきたのか蕾は盃をグイッと干すと、勢いよく立ち上がった。
 何をするつもりかと東雲が見ていると、おもむろにこちらに向き直って口上を述べた。

 春を司るいとめでたき御方の恩寵に与らん身といたしまして、今年も爛漫たる春を迎えられましたことを心より言祝ぎ、僭越ながら舞をひとさし献上したてまつらん――

 それを聞いた東雲はあまりの驚きに、盃を持ったままあんぐりと口を開け固まってしまった。今のはまさに、春宵の宴で花仙たちが東皇使に舞を披露する時の口上だ。
 蕾は固まったままの東雲に挑発的に微笑んでから、舞い散る花びらに合わせて悠然と舞い始めた。

 これは、夢か。
 それとも、幻だろうか。

 宵闇の中、白に近い薄紅色の花びらが、月光を反射しながら、はらりはらりと舞い落ちる。
 その中心で、自ら時間を紡いでいくかのように、幽玄に春を舞う、高貴で繊細な至上の花。
 あらゆるものが調和した、侵しがたい神聖な空間。

 ここが俗界であるとは信じられない。
 東雲は息をすることすら忘れて、その幻想的な光景に見入っていた。


 どれほどの時が経ったのだろう――

 いつまでもこの時間が終わらなければいいのにという東雲の願いも虚しく、舞い終えた蕾は満足げな顔で戻ってくると、何事もなかったかのようにドカッと腰を下ろした。

「ま、ささやかな酒の礼だ」
 まだ半分夢心地だった東雲だが、蕾のその言葉に我に返って、空になっていた蕾の盃に酒を注いでやった。
「……まさかこんな眼福にあずかれるなんて、今年の春は頑張った甲斐があったなぁ」
「フン、大げさな。 華恭苑でさんざんもてなされてきたヤツが何を言ってる」
「いやあ、たまにいつもと違う特別なご褒美があると、来年の春も頑張ろうっていう気になるっていうか」
「いつもはヤル気になっとらんのか」
 蕾は呆れたように言いながらも、満更でもなさそうに東雲に返盃してくれる。これも普段では考えられない出血大サービスだ。
「まあとりあえずは、今年も恙なく春を迎えられて何よりだっていうことで」
 東雲が盃を掲げると、蕾はプッと吹き出した。
「もう少しマシな事が言えんのか、おまえは」
 憎まれ口を叩くがその目は楽しげに笑っている。
 互いの盃を軽く合わせて最後の酒を飲み干した所で、ちょうど透が大あくびをしながら目を覚ました。

「あれ、東雲? なんでいんの?」
「お土産に天界のお酒を持ってきたから、私も花見に混ぜてもらおうと思って」
「マジ? 天界の酒? どれだよ」
「もう全部飲んだ」
「ええ〜なんだよ、蕾、ちょっとくらい残しといてくれんのが友達ってもんじゃねえのかよ〜。 くっそーおまえらばっかイイ思いしやがって〜」
「潰れるほどに飲んだおまえの自業自得だろう」
 悔しがる透とそれをからかう蕾のいつものやりとりを、暖かい気持ちで見守りながら、東雲は先ほど自分で言った言葉をじっくりと噛みしめていた。


 清々しいほどの潔さがあるからこそ、つかの間に花開く姿がより美しく感じられる……そう、いつだって惹きつけられずにはいられないほどに――――



 <了>  



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今年はあまり花見ができなかったので、代わりに花見をしてもらいまいした。
口上はかなり適当です。文法とか単語の使い方とか多分間違ってると思うので、なんとなく雰囲気だけ察してください。あと、蕾の舞は美しすぎて私のつたない筆力ではとても描写できませんでした(^^;)。どうかみなさんの頭の中で、存分にステキな蕾をご想像ください〜

※倉庫に収納するにあたって若干改訂しました(内容には変わりありません)



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