秋の恵穣祭。
様々な儀式も終わり、場は既に宴たけなわとなっている。
その喧噪から離れ、ひと気のない四阿にやってきた東雲は、先日、薫が言っていた言葉を思い出して溜め息をついた。
陽極まりて翳りさす――
恵穣祭は東雲の母・恵穣果帝の祭である。
東雲が母親と言葉を交わすことのできる数少ない機会の一つだ。いつもこの時期の前になると、東雲は期待と緊張でテンションが高くなってしまう。我ながら、まるで遠足前の小学生のようだ。
しかし、以前はそんなふうにただ無邪気に喜ぶだけだったのだが、最近は、賑やかな祝いの場にいるというのに、ふと言いようのない寂寥感というか虚無感を感じてしまう。
神扇山の皇子として兄達とともに列席し、華やぎの中で賓客として扱われる自分。
その自分と同じ時、同じ母から生まれたのに、生涯、母の顔を見ることもなく、畏界の冷たい水底でただひたすらに天地安泰を祈り続ける弟。
東雲が母に会えて嬉しいと思うほど、一方で、それを素直に喜べない気持ちも強くなる。さらにそれが、母に対しても、弟に対しても申し訳ないという罪悪感となって東雲を苛むのだ。完全な悪循環である。
そんな状況にいたたまれなくなり、一人、宴を抜け出してきてしまった。もう母も退席しているし、五百重にも中座すると断ってきたので問題はないだろう。
四阿の欄干に腰掛けて、東雲は半分欠けた月をやりきれない思いで眺めていた。
ひとつの月なのに、半分は陽の光を受けて白く輝き、半分は闇に沈む「片割月」。
まるで自分たちのようではないか。だが、満ち欠けを繰り返す月とは違って、弟に陽があたることは決してないのだ。
なぜ、この世に、これほどまでの理不尽があるのだろうか――。
「こんな所で何をしている」
思いもよらない声が聞こえて、東雲は振り返った。
見れば、御大花将の正装姿の幼馴染みがそこにいた。
「蕾…? 君、どうして…」
儀式の途中から蕾の姿がなくなったのには気付いていたが、いつもの如くさっさと下界に逃げたのだろうとしか思っていなかった。が、まだ着替えていない所を見ると何かあったのだろうか。
「秋桜の精が助けを求めるのが聞こえたんでな」
「秋桜って、こないだの? もしかして、透たちに何かあったのかい?」
「いや、まあ大事はなかった」
蕾から詳細を聞いた東雲は胸をなで下ろすと同時に、蕾がここにこの格好で居ることにも合点がいった。
「なるほどね。 で、ホントはそのまま俗界にバックれたかったけど、正装のままだったんで、仕方なく頃合いを見計らってこっそり戻ってきた訳か」
まるっきり図星な東雲の発言に、蕾はウッと詰まってしまった。
「うっうるさい、オレの事はどうでもいい。 それより、おまえの方こそこんな所にいていいのか」
「ちょっと飲み過ぎたから酔いを醒ましていただけだよ」
「フン。 そのわりには、全然酔ってはいないようだな」
「…そうかい。 では、そろそろ醒めてきたのかもね」
薄く笑って何でもないような顔をしている東雲が、腹立たしいほど白々しい。
今は普段通りに振る舞ってはいるが、蕾が声をかけるまでは思い詰めたような、まるで消えてしまいそうな儚い表情をしていたクセに。
東雲があんな顔をするのは、蕾が無茶をしたときか、そうでなければ一つしかない。
久々に母や兄達と逢ったことで、第九皇子のことを考えずにはいられなくなったのだろう。
蕾とてその気持ちは充分すぎるほどわかるのだが、どんな理由があろうと、東雲のそんな顔を見るのはイヤなのだ。
「おい東雲、おまえちょっと酒を持ってこい」
「は?」
蕾が何を言ったのか、一瞬、分からなかった。
「オレはこれを着替えてくる」
「え、ちょっと蕾? いきなり何言って……だいたい、酒って、どこで飲むつもりだね」
「その辺でいいだろう。 どうせ、こんな時分に誰も来るまい」
「そりゃそうかもしれないけど…」
「いいから、早くしろ。 戻るのが遅かった方が罰ゲームだからな」
透の影響だろうと頭ではわかっているものの、いきなりの罰ゲーム発言に呆気にとられた東雲を尻目に、蕾はさっさと行ってしまった。
仕方なく東雲も、酒を調達するべく宴に戻った。まだまだ宴は盛大に続いていたので、目立たないようにそっと給仕の者に声をかけ、酒を分けて貰った。
酒瓶を抱えて戻る道すがら、つらつらと考える。
蕾は何のつもりでいきなりこんなことを言い出したのだろう。
もしかしたら、東雲を気遣ってくれているのだろうか。そうだとしたら嬉しいし、たとえ単なる気まぐれだったとしても、蕾と一緒にいられるだけで暗鬱とした気持ちがゆっくりと解れていく気がする。
ここはありがたく蕾の提案に乗っかってしまおう。
東雲が四阿に戻ると、すでに平服に着替えた蕾が手持ち無沙汰に座っていた。
「遅いぞ、罰ゲームだ」
いきなりな挨拶に苦笑しつつ、東雲はとりあえず酒瓶と盃をを蕾に渡す。
「はいはい、それで私はどんな罰ゲームをさせられるんだい」
すると、蕾はニヤッと笑って東雲を手招きした。
東雲が大人しく蕾に近づくと、いきなり蕾の手が東雲の顔に伸びてきた。
えっ、と思った次の瞬間には、蕾の指が東雲の口の端と頬を摘んで思い切り引っ張り上げていた。
「い……いらい、いらいっ…」
東雲もよく蕾の頬をムニュっと引っ張ったり、摘んだりすることはあるが、あくまでからかい半分というか親愛の情からの行為である。これがその仕返しだというのなら、三倍返しどころではない。
なんとか蕾の手を剥がそうと奮闘するのだが、東雲の力ではもちろんビクともしないので、抵抗虚しくしばらくそのままキープされ続けた。さぞかし間抜けなことになっていることだろうその様子を、蕾は面白そうに眺めているだけだ。
やがて。
「…はぁっ! 何をするんだね、いきなりっ」
ようやく解放された東雲が、両手で頬を抑え半分涙目で抗議するのを見て、とうとう蕾が声を上げて笑い出した。
「一晩中、辛気くさいツラを見せられるのは真っ平だから、ちょっとほぐしてやったんだ」
笑いながらそんなことを言った蕾に、東雲はいろいろな意味で目を丸くする。
一晩中一緒に居てくれるつもりなのか、と聞きたかったのだが、口から出たのは呆れたようないつものセリフ。
「……一晩中、飲むつもりかね」
そんな東雲をチラッと見てから、蕾はおもむろに酒を呷った。
「せっかくの恵穣祭だからな。 せいぜい美味い新酒を味わってやろうかと思ってな」
「で、私もそれに付き合わされるわけかい」
「罰ゲームなんだから当然だろう。 まあ、おまえもまたさっきみたいな面白い顔をするなら、分けてやってもいいぞ」
「……いや、それはちょっと遠慮しておくよ」
罰ゲームはさっきのではなくて、蕾の酒に付き合うことだったのか。東雲からしてみたら罰ゲームなどではなく、特上のご褒美だ。ご相伴に与りたい気持ちもあったが、とりあえずは一緒にいられるだけでよしとしよう。
だが、蕾はそれで納得しなかった。
「それじゃオレがつまらんだろうが。 よし、では何かオレが驚くようなことをしたら、飲ませてやる」
東雲は宴ですでに結構飲んでいるのだし、そこまで無理して飲みたいわけでもなかったのだが、とにかく何かやらないと許してもらえそうにないようだ。
蕾を驚かせたら酒を貰えるなんて、なんだかハロウィンの逆バージョンのようではないか。そういえば、俗界はそろそろそんな季節だったっけなどと脈絡もなく考えたところで、東雲はある悪戯を思いついた。
「わかったよ、では目を閉じてごらん。 そして私が三つ数えたら目を開けて」
「よし」
蕾が面白そうな顔で目を閉じた所で、「いち、に……」と静かにカウントしながら東雲はそっと顔を近付けていく。
そして――――。
「さん」で蕾が目を開いたのと同時に、そっと口付けた。
「………」
咄嗟のことで、全く対応できずに固まってしまっている蕾に、東雲は悪戯っぽく笑う。
「あれ、あんまり驚かなかった? ではもう一回、今度はもう少し本格的なのを……」
と言いながら、再び顔を近付けると、我に返った蕾が大慌てでそれを阻止した。
「やっ、ヤメロ! わ、分かった、驚いたから酒はやる。 おいっ、聞いてるのかっ。 だッ、だから近付くなというのにっ!」
結局、いつもの如く蕾にボコボコにされてしまったが、いつもと少しだけ違うのは、それでも蕾がこの場を離れようとしないこと。
酔いのせいか、照れのせいか、ほんのりと染まった頬を東雲から隠すようにそっぽをむいて、ちびりちびりと酒を飲んでいる。
そのあとは、蕾が東雲に無茶ぶりをすることなく、東雲も蕾にいらぬちょっかいをかけることなく、二人、秋の夜長を慈しむように盃を重ねていった。
目には見えずとも確かに存在している片割月の半分を、心に刻みつけるように。
そして、見えずとも確かに存在する互いへの想いと、穏やかな幸せを深く噛みしめるように――――。
<了>
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片割月というのは、秋の季語で半月の別名です
一応、「悠秋童」のその後ですが、ハロウィンにしては若干しんみりとしたカンジになってしまいました^^;
まあ、ハロウィンとはあまり関係ないSSとしてお楽しみいただければと思います〜