小春心
〜 こはるごころ 〜



 11月のとある日曜日。
 蕾、薫、透、東雲の四人は、何をするでもなく広場に集まっていた。

「おおっ、見ろよアレ。 うわぁ可愛いな〜」
「ああ、七五三か。 そういえばそろそろだね」

 今年の七五三は平日なので、その前の休日に祝いを済ませようというのだろう。
 雲一つない晴天に恵まれた小春日和の日曜日とあって、着慣れない着物を着せられてよたよたと歩く幼い子供とそれを微笑ましく見守る家族連れといった構図がそかしこに見受けられる。

「まあ、ほんとに可愛らしいこと……うふふ、蕾さまの時を思い出しますね」
 薫がぽろっと零した一言。
 それを聞いた三人の反応は、まさに三者三様だった。

「へえ〜、天界にもそんな行事があるんだ。 なに、蕾も東雲もあーゆー可愛い格好したのか?」
 と言ったのは透。
 まあ、もっとも普通の反応であろう。

 次に東雲。
 薫の言葉に、一瞬、虚をつかれたように遠い目をしたのだがそれを誰にも気付かせることなく、すぐににっこりと笑みを浮かべた。
「そうだね、初祓いの儀といって七五三と似たようなものがあるよ。 ただ、緑仙と花仙では、その意味合いが違うから、私と蕾の装束は全然違うんだけどね。 ねえ?蕾」

 そして、東雲からにこやかに話を振られた蕾はというと…。
「あぁ!? なんでオレに話を振るッ」
 ふてくされてそっぽを向いてしまった。 

「?」
 蕾の態度の意味がわからずに、蕾と東雲を見比べている透に、薫が説明する。
「緑仙の方々は、大人の仲間入りをして霊元天神さまから叡智を授かるという儀式ですから、衣装も華美ではなく、大人と同じような装束を纏われます。 ですが、花仙にとっては、花としてのお披露目といいますか、霊元天神さまに咲くことをお認めいただくという意味合いを持つので、衣装も美しく華やかなものになるのですよ。 ましてや、蕾さまは錦花仙帝さまの唯一の皇子さまということで、それはもう可憐に艶やかに極上の華やぎを纏われて…それがまた本当によくお似合いで」
 当時のことを思い出しているのか、うっとりと目を輝かせて語る薫のテンションにやや圧倒されながら、透は隣の東雲にこそっと聞いた。
「なあ…それってつまりはどういうこと?」
「まあ、簡単に言うと、女装するんだよ」
「東雲っ!」
 薫の話を苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた蕾が、二人の会話を耳聡く聞きとがめて怒鳴った。
 しかし、蕾のそんな様子を見て、東雲が調子に乗らないわけがない。
「いやでも、あのときは、ホントにねえ。 君ときたらそれはもう、一見、楚々としてたおやかで可愛らしくて、しかも何ともいえない気品があって……」
 東雲のあまりにも見え透いた嫌味に蕾が言い返そうと口を開いた時、思わぬ所から邪魔が入った。
「そうでございましょうとも!東皇使さま。 私も教育係として、初祓いの時の蕾さまの可憐なご様子には、本当に鼻が高かったものでございます。 あの時、初めて蕾さまをごらんになった天仙の中には、蕾さまを姫君と勘違いなさった方も大勢いらっしゃったとか」

 一瞬、蕾と東雲の間に見えない緊張が走った。
 そこの所は、双方ともにあまり触れて欲しくない話題だ。
 そう、あの初祓いは、東雲にとってはあまりにもほろ苦く儚い初恋の思い出、そして蕾にとっては女に間違われるという屈辱の歴史の始まりなのである。
 しかし、そんな事はつゆ知らずの透は、楽しそうに薫の話に乗っかっている。
「そんなに可愛かったんか〜、蕾。 まあ、確かに黙ってキレーな格好してれば、美少女に見えないこともないかもな…ウヒャヒャ。 あ、何、東雲、もしかしておまえも間違えたクチだったりして?」
 さっくりと古傷を抉られてしまい、再び、蕾と東雲の間の空気が凍りつく。

 だが、あまりにも無邪気にあっけらかんとしている透を見ていたら、変に隠すのも馬鹿らしくなってきた。別に初恋云々ということではなく、過去の笑い話として話せばいいのだと、東雲は開き直る事にした。
「まあねぇ、私もあの頃は純情だったから。 子供心になんて素敵な姫君だろうと思ってしまったんだよね……それが、まさかこんな」
 ハアッと、わざとらしくこれ見よがしに溜め息をつく東雲を、蕾はジロリと睨む。
「フン、純情が聞いて呆れるわ。 だいたい、東皇使の分際で男か女かの区別もつかんとはな」
「そんなこと言ったって、当時はまだ東皇使じゃなかったし。 なのに意を決して声をかけた初対面の私を、いきなりボコボコにするんだもの。 あの衝撃と落胆は半端じゃなかったな」
「まあまあ、東皇使さま。 あの時の蕾さまの装いでは無理からぬことと存じますよ。 天界広しといえどもあれほどの姫君はなかなかいらっしゃいませんからねぇ」
「ええ、まんまと騙されましたよ。 ホントに今思い出してもアレはほとんど詐欺だと思うがね、蕾」
「るさいわっ」
 東雲は明らかに面白がって言っているのだろうが、薫はまったく素で言っているのがわかるので始末に負えない。まったく薫の天然ぶりといったら。
 東雲と話している薫のあまりにも嬉しそうな様子に、蕾は怒るに怒れなくなってしまい、握りしめた拳をワナワナと震わせている。

 そんな蕾に、見かねた透が笑いをこらえながらも助け船を出した。
「まあいーじゃん、蕾、昔のことなんだし、一応褒められてんだからさ〜。 それより今度夕姫がさ……」

 そして透の機転で話は別の方向へと流れていき、その日はそれきり初祓いの話がでることはなかった。







 数日後、学校内にて。

「なあ……東雲。 おまえ、こないだの話だけどさぁ…」
 いつになく深刻そうな顔で呼び止めた透に、東雲は不思議そうな顔をする。
「こないだって?」
「ほらあの、七五三の時の…何てったっけ、初なんとかって」
「ああ、初祓いのこと? それがどうかしたかい」
「いやその、答えたくなかったら別にいいんだけどさー…なんかずっと気になってて」
 透にしては珍しく歯切れが悪い。蕾のことだろうとは思うが、一体なんだろう。
「何だね」
「おまえさ、実はその時に、女装した蕾に一目惚れしたりしちゃってたとか?」
「……」
 咄嗟に言葉が出てこなくて絶句してしまった東雲を見て、透はさっきまでの深刻そうな顔から一転、してやったりという風にニヤニヤしている。
 やられた。

「……蕾には内緒にしておいておくれ」
 降参して困ったように苦笑した東雲に、透はゲラゲラと笑いながら東雲の肩を叩いてきた。
「わかってるって。 まあ、おまえもいろいろ苦労するよな〜。 で、ものは相談だけど、今度の数学の試験範囲が全然わかんなくて〜」
「はいはい、明日の放課後にマンションに行くよ」
「サンキュ〜。 あ、ついでに、物理の宿題もな」

 まったく透には敵わない。
 でも、いくら透でも、まさかいまだに東雲が初恋を引きずっているとは思っていないだろう。
 幼い日の淡い想い。
 初めて言葉をかけた時の、あの胸の高鳴り。
 どれだけの時が過ぎようと、どんなに親しくなろうとも、いつだって昨日の事のように思い出せる。そしてそれらは、日々、瑞々しく鮮やかな記憶に塗り替えられていくのだ。
 今だって。
 きっと明日は蕾に会える、ただそれだけのことで、こんなにも気持ちが浮き立っているのだから。
 そう、こんな毎日も悪くない。

 半ば無意識に、だがこの上なく幸せそうに綻んだその顔を、透がヤレヤレと呆れたように見ていたことなど、当の東雲は知るよしもなかった。





  ♪END♪


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この時の蕾は、東雲が自分に一目惚れしてたなんてこれっぽっちも知らない頃です。蕾が不機嫌なのは、単に東雲に女と間違われたことが屈辱だったということで。
タイトルは、ちょうど今の時期の「小春」と、恋心を意味する「春心」をくっつけてみました。
絶賛片想い中の夢見る東雲(笑)のほんわか可愛い恋心、という感じでしょうかw



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