特効薬



「いじわるを言うためだけに来たのなら、帰っておくれ」
 バツが悪いのか、布団から目だけだして拗ねたように言う東雲の姿に、蕾はつい笑みを零してしまう。
「まあ、そういうな」
 
 南極に行った東雲が風邪で学校を休んでいると聞いて、蕾は礼もかねて様子を見に来ていた。
 天仙、それも自己治癒力の高い緑仙が風邪をひいたなどとなにかの冗談かとも思ったが、どうやら本当らしい。
 同い年のくせに普段は鬱陶しいほど世話をやいてくる幼馴染みが、ダウンして床についているいうのはなかなかに新鮮だ。

「小逢来の清水を持ってきてやったぞ」
 小瓶を見せると、東雲は意外そうに瞬きをして、弱々しく微笑んだ。
「ああ、それは、ありがたい」
 そう言って身体を起こそうとするのだが、蕾に上から押さえ込まれてしまう。
「いいから病人は寝てろ」
「でも…」
 すると、蕾は瓶をぐいっと呷ると清水を口に含み、そのまま東雲に口移しした。
 東雲が嚥下したのを確認して唇を離す。

 驚いた顔をしている東雲とは対象的に、蕾は平然として
「もっと飲むか?」
 などと言ってくる。
 東雲がとりあえず頷くと、再び唇を重ねられて清浄な水が流しこまれる。
 結局それを3度ほどくり返して、小瓶の中身は全て東雲の胃に納まった。

「どうだ、少しはよくなったか?」
 東雲の額に手をあてた蕾は、東雲の様子にぎょっとした。
「なんでさっきより顔が赤いんだ」
「え、いや、だって、まさか君が口移ししてくれるとは思わなくて」
「別におまえだって、いつもやっているではないか」
「そうだけど、するのとされるのでは、全然違うというか……まあ、要するに、嬉しすぎて驚いたんだ」
「はあぁ?なんなんだ、おまえは。 面倒臭いヤツだな」
 せっかくオレが小逢来まで行ってきてやったのに、などと蕾はぶつぶつ言っている。

 それでも清水のおかげで、東雲の症状は随分と軽減されたようだ。
「いや、でもおかげでかなり楽になったよ。 わざわざありがとう」
「ちょうどヒマだったからな」
 そっけない言葉とは裏腹に、蕾は東雲の前髪をかきあげるように優しく手を動かし始めた。
 目を閉じると蕾のひんやりとした掌が、熱を吸い取ってくれるようで、心地良い。

 そうやって、しばらくふたり黙って穏やかな時を過ごしていたが、ふいに東雲が「蕾」と呼んだ。
 蕾は目だけを向けて、先を促す。
「さっきの、もう一度くれないかい?」
「あん? 清水はおまえが全部飲んだからもうないぞ」
「いや、水はもういいんだけど」
「?ではなんだ」
「こっち」

 東雲は悪戯っぽい顔で布団から手を伸ばすと、蕾の唇を親指で何度かなぞった。ようやく東雲の意図するところを察した蕾は、盛大な溜め息をつく。
「おまえな……また熱が上がってもしらんぞ」
「そのほうが早く元気になるのだよ」
「適当なことを言うな」
 蕾はしばらく呆れたように東雲の顔を見ていたが、やがて「まったく」と呟いて彼の上に覆いかぶさった。

「本当に元気になるんだろうな」

 ぎりぎりまで顔を近付けてから念を押すように聞いてくる蕾に、東雲は嬉しそうに頷いた。

「もちろん」
  
 その言葉に、蕾はゆっくりと瞼を閉じて唇を重ねた。

 熱のせいか、東雲の吐息はいつもより熱く呼吸も早い。
 苦しくないようにと、少しずつ唇をずらすように角度を変えてやるのだが、蕾からキスすることなど滅多にないので、なんだかいつもと勝手が違う。やめるタイミングがわからずどうしようかと考えながら薄目を開けてみると、楽しげな東雲の瞳にぶつかった。
 目が合った途端に恥ずかしくなって跳ね起きた蕾は、照れ隠しにぺしっと東雲の額を叩く。

「いたっ …一応病人だよ、私は」
 痛くもないくせにわざとらしく額を押さえて抗議する東雲に、蕾はそっぽを向いてしまう。
「病人なら病人らしく、大人しく寝ておれ」
「はいはい。 でも本当に元気がでてきた気がするよ。 君に風邪がうつってしまったのかもね」
「ふん、オレはそんなに軟弱ではないわ」
「それもそうだね…」
 眠気を含んだ東雲の声に、それきり会話が途切れた。

 しばらくして、もう眠ったかと思って蕾がそろりと視線を戻すと、東雲は蕾が来た時と同じように布団から目だけだして、上目遣いに自分を見ていた。
「…早く寝ろ」
「だって私が眠ったら、君は帰ってしまうだろう?」
「はあぁ?」
 蕾はつい素頓狂な大声をあげてしまう。

 蕾に帰られてしまうのがイヤだから、ずっと起きているというのか。それでは本末転倒、見舞いにきた意味がないではないか。
 それは本意ではないので、蕾は仕方なく、
「おまえが起きるまで、ここにいてやる」
と言う羽目となった。
 しかし、それを聞いた東雲はふふっと嬉しそうに笑って、すぐに前言を撤回した。
「ごめん、冗談だよ。 もう帰っても大丈夫だから」
「おまえな…」
 脱力して蕾は額を押さえる。

「今日は来てくれてありがとう。 気をつけてお帰り」
 何でもない風に別れの挨拶を口にする東雲を、蕾は探るような目でじっと見ていたが、ややしてから高飛車に言い放った。
「おまえが寝るのが先だ。 それまでは帰らん。 口答えも許さん」

 東雲は苦笑しつつも、さすがに今度は素直に瞼を下ろす。
 やっと大人しくなった東雲に安堵の溜め息を落として、蕾は先程のようにゆっくりと東雲の髪を指で梳いてやった。

 東雲は、心地よいまどろみの中で、もう一度「ありがとう、蕾」と呟いてみる。
 だが、その言葉が相手に届いたかどうか確かめる前に、深い眠りへと引き込まれていった。

 満足そうな顔で眠ってしまった東雲の傍らで、蕾は飽くことなく彼の髪を梳いている。
 慈しむように目を細め、口元に柔らかい笑みを湛えたその表情は、普段の乱暴者の御大花将しか知らない者が見たら確実に別人だと判断するだろう。
 甘やかな花気に彩られた顔(かんばせ)は、誰も踏み入る事のできない聖域で綻ぶ一輪の花そのものだった。


 やがて部屋が夕闇に沈んでいく頃、東雲の寝息に重なるように、もう一つ微かな寝息が聞こえてきた。



END



 | 展示室に戻る | 




液体の口移しというのは当時かなりマイブームだったシチュエーションです。 4分の3ほど書いて放置してあったものを、なんとか強引に終わらせてみました。 本当はもう少し甘いラストを目指してたんですが、今の私にはこれが精一杯…



Copyright(C)2009 KARIHO. All rights reserved