数時間後。
ベッドの上には、ぐったりと俯せている蕾と、その隣で心配そうに顔を覗き込んでいる東雲の姿があった。
「えーっと、その……蕾、大丈夫かい?」
おそるおそる東雲が問いかけるが、ピクリとも反応がない。
眠ってはいないようだがこれは完全に無視を決め込むつもりかと諦めかけた頃、枕に顔を埋めたままの蕾から、ふて腐れたようなくぐもった声が聞こえてきた。
「……大丈夫なワケあるか。 ヒトの身体をなんだと思っているんだ」
とりあえず返事があったことにホッとしつつも、かなり機嫌の悪そうな蕾をこれ以上怒らせたくない東雲は、答えるのにしどろもどろだ。
「いや、その……なんというか、あんまり久しぶりだったから、つい…」
この言い種に、蕾は枕から顔を上げ東雲を睨め上げた。
「つい、だと〜? そんな理由でキサマに好き勝手されるオレの身にもなれっ」
でも君だってけっこうそれなりに……と思わないでもなかったが、それをこの場で口に出す勇気は東雲にはない。
「いやホントに反省してます。 次からは気をつけるから」
蕾はそんな東雲を冷たい目で見ていたが、やがてプイと背を向けてしまった。
「次はナシだ。 オレは明日から野宿する。 おまえは一人で勝手に泊まってろ」
「えっ!? ちょっと待って、急にそんな。 せめて私が下界にいられる間だけでも一緒にっ…」
東雲が慌てて蕾の肩に手をかけると、蕾はうるさそうに振り返って更に冷たく言い放つ。
「ほう、そういうことか。 おまえはオレのカラダが目当てで下界にいるわけだな。 なるほど、よくわかった」
これには東雲も焦った。まったく違うとは言い切れないのが微妙な所だが、もちろんそんなこと認めるわけにはいかない。
「ちょっ……な、何言ってるんだ蕾、そんなワケないだろう! わかった、そんなに言うならもう明日からは何もしないから、お願いだから一緒にいてください」
久々に蕾と一緒にのんびりと(?)下界で過ごせる機会を、初日で棒に振ってしまうなんてとんでもない。東雲はなりふり構わず、ベッドの上に土下座する勢いで蕾に懇願した。
東雲に背を向けていた蕾は、秘かに頬を緩める。
いつもムカツクくらい余裕のある東雲がこんなに必死になるのは珍しい。誰も知らない東雲の一面を独占しているという優越感に、我知らず笑い出しそうになる。いつの間にかすっかり機嫌も直っていたのだが、こんな情けない東雲は滅多に見られるモノではない。面白いので、もう少し苛めてやることにする。
「では、今後オレの許しがあるまでオレに指一本触れるなよ。 いや、それよりもオレの半径5m以内に近付くのを禁止にするか」
「ええっ!?」
「文句があるなら、今すぐこの部屋から蹴り出してやってもいいんだが。 どれにするかはおまえに決めさせてやる。 あ、その前に喉が乾いたからビールを持ってこい」
「なっ………つ…蕾? えっと…あの、その、君、まさか本気じゃないよね?」
「何が。 いいからまずビールだ」
いきなり苦渋の選択をせまられ、何が何だかわからない東雲だったが、とりあえず脱ぎ捨ててあったバスローブを羽織りベッドを抜け出すと、言いつけ通り冷蔵庫からビールを持ってきた。
蕾に缶を渡しながら、もしかしたらただの冗談かもしれない、むしろそうであってくれという、淡い望みを託してしばらく待ってみたが、ビールを受け取った蕾はそのままごくごくと美味そうに飲み始めるだけで、問答無用とばかりに沈黙を保っている。
ついに、どうにもならないことを悟った東雲はがっくりと項垂れ、仕方なく最悪の選択肢の中から最善の選択をすることにした。
「………君に指一本触れないから、ベッドに戻ってもいいですか」
「まあ、よかろう」
すっかり溜飲を下げた蕾が笑いをかみ殺しているとも知らず、ゴソゴソとベッドの端にもぐり込んだ東雲は泣き言のような恨み節を呟いている。
「うう……せっかく当面の仕事を片付けて、はるばる下界まで来たのに」
この言葉に、蕾は「ん?」と訝しげに東雲を振り返った。
「おまえは、曄たちから逃げてきただけではないのか?」
「へ?」
東雲にしたら何を今さらという質問だったが、そういえば最初に透の所でそんなふうに説明していたことを思い出した。
「いやまあ、それも口実の一つではあるけど、本当の所は君に逢うために来たんじゃないか」
「なんでわざわざ」
そう言われて初めて、東雲は当初の目的を思い出した。
本当は、この期に及んで聞く必要はないかなとも思っていたのだが、一応、確認をしておくにこしたことはない。
「うーん、まあ、その、君が子作りするのはイヤだなぁと思って」
「誰がするか」
なんだそんなことかと、呆れたように即答する蕾に、東雲は内心やはりホッとしてしまう。
「いや、9割9分そうだろうとは思ったけど、ひょっとしたらなにか事情があって断れなかったり、あるいは一服盛られたり周到な作り話に騙されたり罠に掛けられたりして、万が一のことがあるかもしれないし」
「そんなことをするのはおまえぐらいだ」
蕾のもっともなツッコミに、心当たりがありすぎる東雲は引きつった笑みを浮かべる。
「ま、まあ、とにかく色々と考えていたら、どうしてもいてもたってもいられなくなって、とにかく君に直接話を聞こうと追いかけて来たわけだよ」
「フン、どんな事情があろうと、オレがそんなフザケた話に従うわけがなかろうが。 だいたい嫁を選べというならまだしも、見も知らん女と子作りしろなんて正気の沙汰とは思えんわ」
「錦花仙帝様もけっこう思い切ったことをなさるよね。 まあ、それだけ君の行状を腹に据えかねているのだろうけど。 でもよかった、君の口からそれを聞いて安心したよ」
東雲が心底安堵している様子を見て、蕾は複雑な気持ちになる。
こんな馬鹿げた話を本気で心配するほど、東雲は不安だったのだろうか。
しばらく逢わなかったから? 蕾が何も言わないから?
そう考えるとなんだか東雲が不憫な気もしてくるのだが、口から出たのは考えていたのとは全く別の言葉だった。
「オレのことよりおまえこそどうなんだ」
「私? 私がなに」
「曄じゃなくても、東皇使のクセに一人も后をとらなくていいのか」
何度も繰り返した、答えの分かりきっている形式的な会話。これには東雲も揶揄うように返してくる。
「私が后をとった方がいいの?」
「オレが聞いてるんだ」
しかし、なおも蕾が追求すると、東雲はとんでもないことを言い出した。
「だって后にしたい相手もいないしね……ああ、いや。 もしも君が姫君だったら、すぐにでも私の后にするんだけど。 そうしたら子供だっていくらでも産ませてあげられるのに」
「ああ!? 気色の悪いことを言うなっ」
初めてのパターンの返答に、蕾は飲んでいたビールをぶっと吹き出してしまった。
だが、東雲にしてみたら別段気色悪くもなんともない、むしろそうであったら良かったのにと常々願っていることだ。いつもは怒られるだろうと思って敢えて口にしたことはなかったが、話の流れで自然に言えてしまった。なんだかちょっとした達成感すら感じてしまう。
そんな風にささやかすぎる満足感に浸っていた東雲にとって、次の蕾の言葉はさらに嬉しいサプライズとなった。
「まったくおまえは……だいたいそれを言うなら、おまえが女だったら良かったんだ」
「いや、それもどうかと思うけど……ん? って、え、え…あれ? で、では、もし私が女性だったら、君は私と結婚してくれるっていうことかい!?」
「!! ち、違うっ、そんなことは言ってないっ」
急に勢い付いてしまった東雲に、蕾は自分の発言のしくじりに気付く。
「でも、女だったら良かったっていうのは、私が女性なら一緒になれるのにっていう…」
「だ、だからそれは、全く違う、あれだ! おまえが女でオレの子供を産めれば、オレは晴れて自由の身になって、何処へなりとも好き勝手に行けるという話だっ。 深いイミはない!!」
「今だって、これ以上ないほど充分に自由の身で好き勝手にどこへでも行ってると思うけどね。 ふぅん、でも君は私が女性だったら、子作りはしてもイイと思っているわけだ」
蕾はウッと詰まってしまったが、東雲の目が思いのほか真剣なのを見て、渋々と頷く。
「……それは別に、今だって大差なかろうが」
その答えを聞いた東雲は、ひどく嬉しそうに微笑んだ。
「蕾」
「なんだ……何を笑っている」
「君が好きだよ」
「!? なっ、ななななんだおまえ、急にっ」
面白いほど真っ赤になって狼狽える蕾を見て、東雲はさらに笑みを深くする。
さっきまであんなことやこんなことを散々していたというのに、告白くらいでこんなに照れている初心な様子が可笑しいやら可愛いやら。
「いや、私はもしかしたら、自分で思ってるよりもずっと幸せなのかもしれないと思って」
語尾にハートマークがつきそうに蕩けきった顔をして蕾のほうににじり寄ってきた東雲。
東雲にしてみたらさっきの蕾の発言は、東雲との行為が男女の交合と同じ意味合いだと蕾が認識しているということに他ならず、つまり大雑把にいえば二人の関係が恋人同士であると認めていると言えなくもない、かもしれないのだ。
だが、蕾にはなぜ東雲が急にこんなに嬉しそうになったのか分からないので、狼狽え気味にシッシッと手で追い返す。
「よくわからんが、まだおまえを許したわけではないからなっ。 オレに指一本触れるなよ」
「ひどいなぁ。 君も少しは私に優しくしてくれればいいのに」
「フン、おまえに優しくして、オレに何の得があるんだ」
「何の得って言われると困るけど……うーん、っと、ああ、とりあえず私をすごく驚かせることができるとか」
「…………………」
しばしの沈黙が落ちる。
蕾が無言で東雲の顔を見ていると、やがて、いたたまれなくなった東雲が苦し紛れの前言を撤回した。
「………やっぱり優しくしなくていいです」
その様子に、蕾は思わずプッと吹き出してしまった。
なんだかんだ言っても、やはり東雲といるのは心地良い。花将でも皇子でもない素の自分に戻れる時間。
それは透と一緒に居る時の感じにも似ているのだが、最近、根本的に違うとわかってきた。透と居る時のような刺激的で能動的な楽しさではなく、何の気負いもなく一番自然な状態になれる楽しさ、とでもいうのだろうか。
ひょっとすると、その辺りをつきつめて考えれば、恋とはどういうものかが分かるのかもしれないが、別に分からなくても十分だという気もする。
とりあえず、今は、東雲と一緒にいられる時間を楽しんでいればいいではないか。
「まあ、確かにちっとは見ものかもしれんな」
そう呟くと、蕾は東雲に覆い被さり、片手で東雲の顎を捉え至近距離でマジマジと見つめてきた。
「…つ……蕾?」
「ほぉ…よく見ると、おまえ意外と可愛い顔をしているな。 これなら確かに女にしても悪くはないかもしれん」
「……っえ……な、何だね蕾、君、いきなり何を言って……」
今度は東雲の方があたふたと赤面してしまう。
蕾はそんな東雲の様子をしばらく真顔で観察していたが、やがて、目を伏せるとチュッと軽く唇を合わせた。
「!!」
いったんは離れたが、何が起こったのかよく分からないような顔をしている東雲を見ると、蕾は再び顔を近付け、今度は角度を変えてさっきよりも深く接吻けた。
「……つぼみ……」
たっぷりと時間をかけてから接吻けを解いても、なお、東雲はさっきと同じように顔を赤くして呆けた顔で蕾を見て
いる。
蕾は堪えきれなくなったようにクックッと笑いながら、呆然としている東雲に向かって言った。
「どうだ、驚いたか」
「……うん、ものすごく」
「だろうな。 相当なアホ面だったぞ」
アホ面はヒドイ、と思うのだが、さっきのキスの衝撃の余韻が残っているのか上手い言葉が出てこない。
そんな東雲に蕾は、ニヤリと笑って高飛車に告げた。
「まあ面白かったから、今回は許してやってもいい」
「蕾…!」
「ただし、調子にのるなよ」
「努力するよ」
と言いつつも、ようやく覚醒した東雲はさっそく先ほどのお返しとばかりに思い切り蕾を抱き締めてその唇を奪った。
「〜〜〜っ!! ……っだから、調子に乗るなと言っとろうがっ!」
懲りない東雲は、蕾の渾身のパンチを喰らってあえなくノックアウトされてしまった。
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しかし、所詮は犬も食わないなんとやら。
なんだかんだで、二人は東雲が天界に帰るまでの数日間、昼間は透の所で賑やかに遊びつつも、夜はささやかな蜜月を過ごしたようである。
☆終わり☆
まあ要は、たまにはラブラブな二人が書きたかったということで^^
中編と後編でだいぶ文章のテイストが違うのは気のせいです…;