花巣籠 前編






「おい東雲。 とりあえずこれで適当なホテルを取っておけ」

 あっという間にチンピラ三人をのしてしまった蕾は、その懐から遠慮なく財布を取り出すと、そこから数枚の紙幣を抜いて東雲に渡してきた。

「ホテル?」
「なんのために街まで戻って来たと思っているのだ。 透はじーさんトコに住み込みだから、オレたちは泊まれんだろう。 野宿でもいいなら、別にオレは構わんが」
 てっきり、久々の下界で夜遊びを楽しむために街まで来たのだと思っていた。東雲がそう言うと、蕾は何を当然のことをと言わんばかりに説明してくれた。
「だからオレはこれから遊びに行くから、おまえがウロチョロくっついてくると邪魔だと言っとるんだ」
 いつものことながら、東雲の扱いがひどい。別に今さら優しい言葉を期待していたわけではないが、ここまでついて来ても文句を言われなかったから、今夜は一緒に泊まれるのかと思っていたのに。
「夜通し遊ぶつもりかい?」
「わからん。 気が向いたら戻るかもしれんから、窓の鍵は開けとけ」
「はいはい、では、あそこの目立つホテルにしとこうか」
 と、若干やさぐれた気分の東雲が指差した先は、きらびやかな電飾に飾られた紛うことなきラブホテル。
 すぐさま、遠慮のかけらもない拳がとんできた。
「一人で泊まってろ」
「………」
 東雲は殴られらた頬を抑えて項垂れたままだ。
 すると、それに気付いた蕾が、
「それともこの場でグッスリと眠らせてやろうか」
 などと言いながら指をバキバキと鳴らしはじめたので、東雲は慌てて立ち上がり遅まきながら謝っておく。
「スミマセン、冗談です。 ええっと、では、駅前のホテルを取っておくから」
「フン」

 一応は納得したのか、蕾はそのままあっという間に繁華街の人波に紛れていってしまった。東雲はそれを見送ってから、宣言通り駅前のホテルに行って、ツインの部屋にチェックインすることにした(ダブルにしなかったのは賢明な判断だろう)。



   



 東雲にとっては久々の下界ではあるが、今回はただ逃げ出してきただけだし、とりたててやることもない。
 天界にいるとなんだかんだと仕事が増えて忙しいので、こんな時ぐらいはのんびりしようと、シティホテルにしては広めのバスタブに湯を張って、ゆっくりと入浴することにした。

 だが、湯船にゆったりと浸かっていても、考えることは結局いつもと変わりない。
 蕾は帰って来るだろうか。
 もう、ずいぶん長いこと、彼に触れていない気がする。最後の逢瀬はいつだったかなと記憶を遡ってみたが、途中で虚しくなってやめた。
 胸を張って蕾を恋人などと呼べるほど、東雲は厚顔ではない。かといって昔のようなただの幼馴染みではない、ハズだ。
 現に何度か身体を重ねているのだし、蕾もそれを受け入れてくれているのだから、恋人でもいいようなものなのだが、そう言い切れないのは、蕾の気持ちがどうにもハッキリわからないから……というのは建前で、ひとえに東雲の自信のなさ故だろう。
 想いを遂げても、尚、募る想い。より深くなる渇望。
 その原因は、蕾の中に自分と同じ姿をした者への特別な感情があるのを知っているからなのだろうか。だがそのことに関して不満があるわけではないし、彼の全てを手に入れたいなどと大それたことを望んでいるわけでもないのに。
 永遠に叶わぬ片恋をしているかのように、いつだってやるせない想いに身を焦がし、癒えることのない胸の痛みを抱え続けている。

 そんな不毛なことを鬱々と考えていたせいで心の方はスッキリ爽やかというわけにはいかなかったが、身体の疲れがとれた分、いくぶんかは気分もサッパリした。

 備え付けのバスローブを羽織って浴室を出た東雲に、思わぬ所から声がかかった。


「年寄りは風呂が長いな」
「蕾?」
 
 驚いたことに、ソファに座って足をテーブルに投げだし、すっかり寛いだ姿勢でビールを飲んでいる。しかも、テーブルの上にはすでに空き缶が2本転がっていた。その様子からすると、かなり前、ひょっとすると東雲が風呂に入ってすぐくらいに戻ってきていたのかもしれない。

「人を年寄り扱いする前に君はどうなんだい。 ずいぶんと早いお帰りだったけど、昔のように夜通し遊ぶのには身体がついていかないんじゃないのかね」
 明らかに機嫌の悪そうな蕾の様子からおおよその見当はついたのだが、揶揄うように声をかけてみると、案の定、ジロリと睨まれた。
「フン、ゲーセンは新しいゲームばかりでつまらんし、金はあっという間になくなるし、カツアゲの相手も見つからんし散々だったわ。 全部おまえのせいだ」
 東雲は、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターで喉を潤しながら、そんな蕾の言葉に苦笑した。
「なんだね、それは。 言いがかりにもほどがあるよ」


 言いがかりではない。
 蕾だって、これでも色々考えていたのだ。
 東雲がなにを求めているのかは知っているし、蕾がここに来るということが何を意味しているのかもわかっている。もっとも本気でイヤだと思ったら東雲など殴り倒してさっさと寝てしまえばいいのだし、何も強要されているわけではない。蕾のしたいようにすればいいだけの話だ。
 だが、そこが一番の問題だ。自分がどうしたいのかよくわからない。
 最近、天界では東雲と顔を合わせることが少なかったのであまり考えないようにしていたのだが、久々に会って話したことで、遊んでいる間中ずっと東雲のことが頭を離れなくなってしまった。
 別に東雲と寝るのがイヤなわけではない。むしろ今となっては自然な流れというか、下界にいた頃からそんな関係だったと言われても不思議がないくらいだ。
 しかし、だからと言って、東雲に対して恋愛感情があるのかと言われると、どういうわけか首を傾げざるをえない。
 東雲は蕾が恥ずかしくなるほどに好きだの愛してるだのと口にするが、蕾は東雲にその手のことを言ったことはない。もちろん、気持ちを表すのが苦手だというのもあるし、言わなくたってなんとなく伝わるだろうというのもある。だが実際の所は、自分の東雲に対する気持ちが愛とか恋とかそういった類の言葉ではなんとなくしっくりこない気がするのだ。

 そんなことを考えていたため全くゲームに集中できなかった(もっとも、集中していたとしても結果はあまり変わらなかっただろうが)。そして、いい加減、宙ぶらりんな状態に嫌気がさしてきたので、いっそなるようになれという気持ちで早々にホテルに引き上げて来てしまった。

 帰ってきた時、ちょうど東雲が入浴中だったのは助かった。なんというか、やはり心の準備のためにも猶予時間が欲しい。これ幸いと冷蔵庫のビール数本を飲み干し、ほどよく気分も高揚してきた所で、タイミングよく東雲が風呂から出てきたというわけだ。


「蕾?」
 黙りこんでしまってた蕾に気付き、東雲が怪訝そうに呼ぶ。
 蕾を悩ませているのが自分だという自覚がまるでない、その穏やかな表情がなんとも腹立たしい。
「フン……だいたい、おまえまで下界に留まることはなかったんだ。 さっさと天界に戻ればいいものを。 忙しいのではなかったのか」
 この期に及んで今さらな話題に、東雲は大げさな溜め息をついてみせた。
「まったく、今さらそんなこと言われるとはね。 大丈夫だよ、忙しいのはもう終わったから」
「だったら逃げ回ってないで曄の相手くらいしてやればよかろうに」
「君がそれを言うのかい?」
 そう言って東雲は、座っている蕾の正面に回ると、覆い被さるようにソファに手をついた。
「言ってる意味が分からんな……オイ、なんだそのしまりのない顔は。 邪魔だ、どけ」
「フフ、君が早く帰って来てくれたから嬉しくて」
「別におまえのために帰って来たわけではないわ」
 だが上機嫌の東雲にとっては、蕾が何を言おうともはや何処吹く風だ。
「はいはい。 まあ、君の理由はなんでもいいや」
 言うや否や、蕾の手から缶ビールを取り上げた。
「おい? 何をする」
「よいしょっ、と」
「うわっ、オイコラ! 東雲っ、やめんか!」
 そして蕾の抗議をものともせず、東雲は蕾を軽々と抱き上げそのままベッドへと運んだ。


「もう待てない」
 恭しく蕾をベッドに下ろすと、東雲は身体ごとその上に乗り上げた。そして、普段の蕾なら一発で赤面するか怒り出すような熱のこもった瞳でジッと見つめてやる。
 しかし、アルコールが入っているからなのか今日の蕾は意外としぶとく、まだまだ余裕の表情で東雲を見返してきた。
「せっかちなのもジジイの証拠だぞ」
 嫌がっているわけではないし、照れてるわけでもなさそうなのだが、その言葉からはどういうつもりなのかイマイチ判然としない。
 もっとも東雲にとっては、蕾とのこういった駆け引きや探り合いはむしろ大歓迎だ。
「あれ? もしかしてワザと焦らしてた?」
「ああ?」
「だってほら、焦らされた方が余計に燃えるし」
「バカも休み休み言え」
「うーん、ムードがないなあ」
「んなもんいらんわ」
 睦言というには若干―――いや、だいぶ色気に欠ける会話ではあるが、東雲はそれすらも楽しくて仕方がない。笑みを浮かべたまま、ゆっくりと顔を寄せていくと、互いの唇が触れようとする直前で蕾からの注文が出た。
「……明かりを落とせ」

「了解」
 よかった。どうやらOKモードだったようだ。

 東雲はサイドテーブルに手を伸ばすとルームライトを消し、代わりにベッドランプを控えめに灯した。







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純愛迷走Uの「そこで蕾と東雲はしばらくの間、下界に身を潜める(?)ことになった」のひとコマからの妄想ですw
今回は一応デキてる設定なんですが、当人達の意識はまだ微妙なカンジという…^^;
続きは裏の予定です〜




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