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蕾の隣に座るのは難しい。 もっともそれは東雲限定のようだが。 大人しく薫の隣に座ってタバコを吹かしている蕾を見るともなしに眺めていて、東雲はふとそんなことに気付いてしまった。 もちろん、部屋の中だとか、何らかの必然性があれば隣に座ることはあるが、薫や透のように何をするでもなくただ普通に外のベンチに並んで腰掛けて、たわいもない話をしたりしたことは一度たりともない。 蕾が座っている時は、基本的に東雲は立って話す。 普通に隣に腰を下ろそうとしたって、蕾が大人しく座ったままではいてくれないし、不意打ちで座っている蕾の後ろから話かけたり横からにじり寄ろうとすれば、すぐさま反撃されるか逃げられてしまう。 東雲が半ば意識的にそういうことをするから余計に蕾が逃げるのであって、変に意識しなければいいのかもしれないが、今更、このスタンスを変えるのも難しい。 考えていくにつれ、何としても蕾の隣に座ってみたくなった。 東雲が蕾のことを特別に想っているからそんな風に考えてしまうだけかもしれない。だが、それを抜きにしたって、大昔からの幼馴染みである自分だけが蕾の隣に座れないというのが、なんだかちょっとだけ、いや正直に言うと、かなり、悔しいのである。 そこで、まずはじっくりと観察してみた。 が、透の場合はあまり参考にならなかった。ガバッと抱きついたり、グリグリと小突いたりしながら、いつの間にか蕾の隣に座ってしまう。東雲が透のように接しようものなら、即刻、殴られること請け合いだ。 では、薫の場合はどうだろう。 薫と一緒に座る蕾をしばらく観察してみたところ、東雲はあることに気付いた。 薫は、蕾が座っている時は、自らは座らずに蕾の正面に立って話す。それは東雲と同じだ。 なのにどうやって蕾の隣に座れるのかというと、座っている薫の隣に、後からやってきた蕾が座るからだ。 薫と蕾が隣合って座るのは、先に薫が座っていた時なのだ。 押してもダメなら引いてみろとは、よく言ったものだと東雲は目から鱗が落ちる思いで手を打った。 大抵いつもは東雲が蕾を探し出し、座っている蕾を見つけて座ろうとするからダメなのだ。 だったら、蕾が来るのを見計らって、蕾よりも先にベンチに座って待っていればいいのではないだろうか。 ちょうど、先日、蕾と一緒に調査に行った遠里村の件で、朝倉というあの男性が自首した所だ。田科研究所ではその話題でもちきりで、東雲もかなり詳細に事件のあらましを知ることができた。 常ならばいい口実ができたとばかりに蕾を探しに行く所だが、今回は広場のベンチに座って適当な本を広げ、辛抱強く蕾を待ってみることにした。 すると。 ほどなくして、背後からまごう事なき天上の花の気配が近付いてきた。 振り向きたいのをぐっと堪えて、素知らぬ顔で本を読むフリを続ける。 と、不意に、予期していなかった所に温もりが訪れた。 「!?」 「あの男が自首したらしいな」 背中に意識が集中する。 驚いた。 蕾の声の向きと感触からすると、どうやら東雲の背に凭れるように背中合わせに座っているようだ。 背もたれのないベンチに腰掛けていたのはただの偶然で意図したことではなかったのだが、まさか、蕾がこんな風に座ってくるとは、嬉しすぎる誤算である。 しかし、ここで過剰反応しては元の木阿弥だ。 絶えず背中を気にしながらも、東雲は何気ない風を装って、研究所で聞いた事の顛末を蕾に話して聞かせた。 とはいえ、そう長い話でもないのであっという間に語り終わってしまった。 蕾のことだから聞くだけ聞いたらさっさと行ってしまうかもと思ったのだが、しばらく黙っていたのちポツリと呟いた。 「……もう、すっかり春か」 これは嬉しい。 東皇使である東雲にとって、蕾に春を感じてもらえるのは何よりの喜びだ。 だが、東雲を喜ばせるのが癪なのか、蕾が東雲に面と向かって春を意識した発言をすることはほとんどない。 東雲はそうっと首を巡らして、蕾の顔を盗み見てみた。 蕾は膝を抱えるように頬杖をつき、リラックスした表情で春風に揺れる若芽を見ている。 その様子からすると、今のはどうやら無意識の発言だったようだ。 「そうだね」 東雲は緩む頬が抑えきれない。 東雲と背中合わせに座ってきた事といい、今回の件でなにか思う所でもあったのだろうか。 というかそもそも今回は、東雲が節分草が気になると言った当初から、けっこう付き合いがよかった気がする。実際、何度も二人きりで遠出できたし、それを嫌がる素振りも見せなかった。まあ、普段だって、本当に嫌がっているわけではなく、薫や透がいるから条件反射のように東雲を邪険にしてしまうのだろうが。 東雲は腕を組んで、少しだけ蕾の方に凭れるように体重をかけてみた。すると、気付いた蕾も負けじと背中で押し返してくる。しばらくそうして、うまい具合に二人でバランスをとっていたのだが、フッと、背中の圧力が弱まった。 「…?……蕾」 東雲がそっと声をかけてみると、聞こえてきたのは気持ちよさそうな寝息。 いつの間にか、蕾は東雲の背に頭を預けた姿勢のままで眠ってしまったようだ。 これでは動けない。 どうしようか、といっても答えはとうに決まっている。こんなにも安らいだ表情で眠っている蕾を起こすことなど、東雲に出来るハズがない。 蕾の眠りを妨げないよう若干不自然な姿勢を保ちながらも、背中に感じる心地良い温もりと穏やかな寝息に満足しながら、東雲は春のうららかな午後をのんびりと、だが実に有意義に過ごすこととなった。 END♪ | 展示室に戻る |
嫌人草のラストシーン。 |